あなたの裏切りを知った時
あなたはもう、手の届かない場所に居た
藻翰 −ソウカン−
雛森副隊長との面会が監視付きで可能になったのは、
旅禍の少年少女らの待遇が180度変わってしばらくしてからだった。
「お体は、大丈夫ですか?」
「うん、卯ノ花隊長の処置のお陰で大分良いよ。」
そんな弱々しい声で言われても、信じられるわけがない。
あの人の背中を見つめて輝いていた瞳がこんなに雲っている。
「…誰の…」
そう言った途端、私は後悔した。
私の腕を強く押さえた監視のせいじゃない。
副隊長の揺れた瞳と強張った体が、全てを肯定したから。
あぁ、だからあなたはいなくて、副隊長は傷を負ったのね。
「事件に関する一切の会話は禁止だとお伝えしたはずです。」
何故?
「他殺体」 「隊長格」 「五番隊」 「愛染惣右介」
飛び交った噂たちと、それとは違う現実が漸く交差した。
四番隊隊士が副隊長の回復時期など説明しているが、頭に入ってこない。
処理速度が追いつかない。
陽が落ち、部屋に戻っても洪水のような、そんな感覚が続いていた。
自分だけだと思っていたのだ。
私だけは、彼の…惣右介の闇を知っていると。
彼が私の闇を知っているように。
お互いに違う色の闇を持つからこそ、
長い時、一緒に過ごしたのではなかったのか。
心優しい副隊長のように泣いたり縋ることのできない私。
感情の削ぎ落ちた私。
「君は最も死神らしい。」
学生の頃、担当教員が気味悪げに言ったことを思い出した。
「君は、鋭いね。」
彼に、その闇の存在を話したとき、彼は冷たい手で私の頬を撫でながらそう言った。
そう、私は鋭いの
とうに、気付いてた
机の上の見覚えのない、白い、封書
まだ、あけてない
あけられなかった
触れなくたって分かる
彼からだ。
そこに何が記されているのか、全く見当がつかない
だからこそ、手を出せなかった
でも、今夜は開けられる
今夜は闇が、深いから。
真白な包み紙に、その中もまた、真白な紙。
文を、紙に包んだだけの簡素なもの。
真ん中に、あまりにも少ない墨文字があった。
『こちらにおいで』
危うく、笑いだしそうになり、慌てて口を噤む。
手紙を握りしめたまま、横倒れた。
ふと視線を上にやれば欠けた月
星が、心もとなげに揺らめいている
「捕われた。」
私の声は闇に溶ける。
私の闇は彼の、思っていたよりもずっと深く暗い闇にいとも簡単に呑みこまれた。
否、自ら飛び込んだのだ。
目を閉じれば闇
きっとこれから行く先はもっと暗いのだろう。
何も見えない
何も聞こえない
聞こえない?
違う。
遠くで足音がする。
近づいてくる。
たった七文字で、私は捕われる。
「ごめんね、桃。」
白と仮面を纏った男が立っていた。