夕刻。仕事を終え、部屋に戻ろうとするの前に3人の男が立ちはだかった。
見知った顔ではあるものの、夕日が影を落とすその表情に彼女は思わず半歩下がる。


「お三方…どうかされたんですか。」


人の前に立ちはだかっておきながら、物言わない永倉、原田、藤堂。

「ハイ、これ。」

永倉が言葉少なに差し出したのは左手に持っていた笠だった。

「ほらよ。」

原田が投げるように寄こしたのは風呂敷に包まれた何か。

思わず受け取り、茫然と立ち尽くす
すると、藤堂がそれを奪い取り、またたく間に彼女に笠を被せ、顎紐を結び、荷物を背負わせてしまった。


突然掴まれた両手に驚き、身を引こうとするが強い力がそれを許さなかった。


「さ、行こう。島原へ!!」


「なんで!?」





















それより半刻ほど前



「「「土方さーんっ一緒に島原行きましょー!」」」

「断る。」



午睡を邪魔された土方は、ごろ寝の体勢から手だけ伸ばし、開け放たれた襖をぴしゃりと閉じた。
騒々しい彼らの後ろに見たのは朱に染まり始めた青空で、自分が思いのほか長く寝ていたことに気付く。
いつも夜更けまで激務をこなす自分が、非番に夕飯まで寝ていても誰も文句は言わないだろう。
土方は仰向けになり、再び目を閉じた。

頭上の襖を細く開け、こちらを伺う3人は黙殺する。

が、今度は反対、足側の襖が開いた。

「行ってあげればいいじゃないですか、土方さん。」

「…やなこった。」

一緒に行けば、集られるのが目に見えている土方は動こうとはしない。
沖田が向かいの3人に目で合図すると、彼らが遠ざかる気配。


「やっぱり駄目かー。」

「近藤さんも心配してたのにネ。」

「やっぱりそうなのかな?」




「あ?」

3人の言葉の意味が分からず土方が片目をあけるも、そこにいるのは沖田だけである。

「近藤さんが、仕事以外であまり島原に行かない土方さんを心配してましたよ?」

「?」

「『トシは男色なのか?』って。」

「だあああああ!!行けばいいんだろう!?」

彼が飛び起きると同時に閉まっていた襖が開いた。

「「「やったー!」」」





















新撰組屯所より南へ南へ

大門くぐれば別世界

道の両脇飾るは極彩







そして、それらを身にあしらう女たち。
店先で誘い、男にしな垂れかかる彼女達はまるで違う生き物のよう。


「きゃー。この子も隊士はんなん?」

「可愛いー」


そして、同じ生き物でなくていい、とは囲まれながら思った。

女であることを隠すため、言葉の少ない女慣れしていない少年のフリをする
それが周りには「可愛く」見えるらしい。

女であるが故の線の細さに白い肌。
はっきりとした目鼻立ち。
陰間と言っても通るほどである。
勿論、本人は自覚していないが。


「いーねーくん大人気!」



近寄ってきた藤堂を思い切り睨むが、酒の入った男にそれが伝わることはない。
その向こうには酒を呷る土方の姿がある。



『(奢ってくれる)山南さんが非番じゃないから土方さんを(無理矢理)誘ったんだよネ。』

『俺たちだけだともの(金)足りねぇしな。』

『若いのもいる(面白そう)かなーと思ってくん連れていくことにしたんだ!』



当人の意思を全く無視した3人の暴挙。
土方とは被害者とも言える。

ただ、土方は花魁からの人気も高いらしく、その隣には一際美しい女の姿がある。

場馴れしていないのは一人。
四方からの強い香に、とうとう我慢出来なくなった彼女はしな垂れかかる女の手をやんわりと外して立ち上がった。

「失礼。」


が出ていくと、土方の隣で酒を注いでいた花魁が口を開く。

「あの子本当に隊士はんなん?」

「あれは近藤さんの小姓だ。大体なんであいつ連れて来てんだ。」

君いつも忙しそうにしてるから息抜きも必要かナと思いまして。」

永倉が答えるが、楽しそうな声色は隠せない。

「鉄之助クンの分まで小姓の仕事して、歩姉の仕事までして…なんて健気なんだ!!」

「ウチもちょっと、失礼しますぇ。」

立ち上がる藤堂を尻目に、花魁も席を立った。








小さな中庭に面した縁側。
香から逃れた少年が一人。

「あんた、女の子よね?」

突然暗がりから現れた花魁に言われ、は固まった。

「な…に言ってるんですか…って!?」

否定しようとした瞬間、グイと腕を掴まれ薄暗い空き部屋に連れ込まれる。
腰を強打した彼女の上に圧し掛かるのは土方の隣に居た一際美しい花魁。

色を飾った華美な目がを射抜く。
女の手が動いた。

「なっ!?」

が止める間もなく分かたれた袂からは胸に巻かれたサラシが覗く。

「やっぱり。」

純然たる証拠を突きつけられれば、最早否定はできない。
最悪の事態に、は自分をココに連れてきた3人を心底恨んだ。

「ど…どうするつもりですか。」





花魁の下唇にひかれた紅が弧を描く。






「ちょっと、お着替えしましょう?」

「…は?」

「千草!千草ぁ!!」

「ちょ、あの?」

「お呼びですか姉さん。」

「この子に合いそうな朱の着物と私の化粧道具持ってきてくれる?」

「はい!」

千草と呼ばれた禿は重そうな化粧箱を持って戻ってきた。
部屋の隅に座らされた
その眼前の鏡には驚いた顔の自分と、両手に化粧道具を構えた花魁が映っていた。



「なあ、名前聞いてもエエ?」

乱雑に結わえられていた黒髪に櫛を通す女の声はどこか楽しげで、少女のようである。

、です。」

「ちゃうて。そっちじゃのーて。」

「あ…と。…、です。」

未だ状況の掴めないは伏し目がちで、花魁はそれが気に入らない。

「エイ。」
「ぅえ!?」

髪を下に引くと、の顔が上がり、二人の視線が鏡を通してかち合った。

「ウチは咲風。よろしゅうな。」
「は、はい。」

有無を言わさぬ咲風の後ろで、千草が声を殺して笑っている。
その手に彩やかな朱の打掛を抱えていた。

「はい、出来た!!」

あっという間に髪を結い直され、白粉と紅まで塗られた
鏡の中の自分は訝しげに「女」の自分を見ている。

「さ、じゃあ皆さん呼んできて。」

千草は咲風に打掛を渡すと、すぐに部屋を後にする。
予想外の方向に、は慌てて咲風を振り返った。

「こ、困ります!ばれたら…」

「大丈夫やて。あんな女に疎い連中が理解するわけない。男装した女の子が女装するんや。ワケ分からんだけや。」

言いながら手早く打掛を整える咲花。
その手を逃れようと奮闘するが、それも虚しく終わってしまった。

近付いてくる足音に引き攣るの顔。
咲花はそれをむんずと掴んだ。

「あんまり自分に嘘ついてると、今に分からんくなるよ?」





その瞬間、襖が開いた。






























「すごかったな!」

「咲風さん、土方さん放り出してどこ行ってたかと思ったら…びっくりしたネ」

「一番びっくりしたのは俺ですよ…」



帰り道、未だ残る白粉の感触に頬を擦りながらは溜め息をついた。

「あの恰好で帰ればよかったのに。」

夜も明るい島原と異なり、ここでは月の明かりだけが頼りになる。
白い光に照らされたの顔が思い切り歪んだ。

「勘弁してくださいよ。藤堂さん一人を引き離すのも大変だったじゃないですか。」

「いやーあのくんだったら俺…寝れるな。」

永倉と原田が半歩遠ざかったことにも気付かず独り言ちる藤堂。
は土方の横に避難した。

「…土方さん、いろいろ危ないんで俺に個室ください。」

「…」

「本気で考えないでください。なんか怖い。」







の髪を結わえた朱色の紐が彼女が歩くたびに上下する。
それは行くときとは違う紐。
咲風が髪の結わえ直しに使ったものだ。





『また今度遊びにきてな?』

最後に耳打ちされた咲風の言葉が甦る。



(そうだ。今度返さなくちゃ。)


















前を行く彼らに向かって駆けだすの足音は、夜の闇によく響いた。