いつものように、自分の着ている甘ったるい匂いの染み込んだ上掛けから落とし始めると、
彼は私の腕を二回、軽く引きながら「待って」といった。

意図が分からずに、座ったままのあなたを首を傾げて見下ろす私に、「膝枕、して。」と
満面の笑みを浮かべるあなた。


ああ…

そうやって

あなたは私を殺すのよ







逢魔が時に逢瀬を







「抱かんの?」

さっきよりはずっと近い位置で私を見上げる平助と視線を絡ませると、彼は私の頬に手を伸ばしながら
「うん」と言った。

本当は私なんかがこの人のことを呼び捨てにするなんてあってはいけない。
けれどこの人は私にこう呼ぶよう、強要する。

「藤堂先生」なんて呼べば、すぐに拗ねる。



「先生」って、呼んでたほうが良かったのかな、なんて今更思うけれど。


もう、後の祭り。



弱々しく頬を撫でるあなたの大きくて奇麗な手が擽ったくて、自分の手を重ねる。

平助は少し、笑った。




「なんで?」




こんなことを聞くのは意地が悪いかしら?



だって、どうしてあなたは笑っていられるの?


だって、きっともうあなたには逢えないわ。



あなたは答えずに目を細めて笑うだけ。














私は我慢できずに、とうとう大きな声を出してしまった。



「っどうして―――!」




平助の瞳が、少し、揺れた気がした。




















彼は新撰組を抜けて伊藤についた。



そして伊藤は、新撰組を裏切った。



どっちに転んでも、あなたはきっと死ぬのでしょう?



あなたの心が、あの場所から動けるはず、ないもの。






















「泣いてんの?」


「泣いてなんか…おらん。」



そう言って、彼の手が私の目尻に触れる前に顔を上げる。
使われずにきれいなままの悪趣味なほど派手な布団が、ぼやけて見えた。








なんて、滑稽な。












私が何にも知らないとでも思った?




色街の女だから?








吐き捨てたい言葉は山ほどあるのに、


喉が塞がって声が出ない。


顔が見せられなくて、下を向けない。









私の喉は息を吸うのが精一杯。私の瞳は虚空を見つめるだけ。







嫌なのに。

あなたの顔、ちゃんと見ておきたいのに。

私の気持ち、ちゃんと吐き出しておきたいのに。

あなたの声、もっとちゃんと聞いていたいのに。









忘れたくないのに、あなたを。















急に本当の名前を呼ばれて、思わず、あなたと目を合わせてしまった。


雫が一粒、あなたの頬の上に落ちた。


「やっぱり、泣いてんじゃん。」

そう言って、私の涙に親指を這わせながら、彼が起き上がる。



あっという間に、私は彼の腕の中。


彼の着物からする白檀のような香りが好き。

それに顔をうずめて、私は声を出さずに泣いた。





「もし…」

なんだか夢心地で、彼の言葉を聞いていた。

「死んでも…」

だって他には、なんの音もしないもの。


「例え化けてでも、に会いに来るから。」










逢魔が時:禍の起こるとき。夕方のうす暗い時。




「じゃあきっと、夜にしか会えなくなるわね。」


「今までと大して変わんないよ。」










そうしてあなたは次の日、帰らぬ人となった。