入学式


体育館入口で入場をいまかいまかと待つ私たち新入生。
私は周りの雰囲気についていくことができずに、一人、空を見上げた。





綺麗な4月の空。





銀魂高校…か。


喜ぶことはできなかった。私が目指していたのはここじゃなかったから。



目指した高校は模試の結果でも毎回A評価だったし、中学の担任も絶対行けるって言ってくれた。



それなのに…



ここも有名な進学校だ。


でも目指していたのはここじゃない。


まだ割り切ることができずに、私の心は曇りっぱなしだった。




(すぐに割り切れるほど大人じゃないんだから)





両親の残念そうな顔が忘れられない。


少し泣きそうになって顔をしかめる。










と、視界に彼が映った








水色に溶け込む銀色の髪


ふざけたビビットカラーのYシャツ


空に映える白衣


屋上から新入生を見下ろす彼を見つけて、


そして







目が合った





その瞬間に
私は生れて初めてひとめぼれというものをしてしまう。















「と、いうわけで、今回の議題は終了です。何か質問などありますか?」



ぐるりと座っている各委員長・副委員長を見渡すが、挙手する様子はなさそうだ。

ぐるりと後ろを向くと、腕を組んで下を向いている担当顧問。


「せんせー、何かありますか?」


無駄だと分かっていても、一応は形式的に聞いとかなければならない。


が完璧なんでなんにもないで〜す。」


顔を上げずに右手だけあげて気の抜けた返答。
月一の委員会総会議は毎回この台詞で終わる。

そしてまた今回もその一言で終了となり、みんな部活に向かったり、下校したりする。

生徒会の役員にも先に帰るよう促す。






そうすると、ほら、二人っきり。





どうでもいい書類の整理をする私の手元をぼーっと眺める生徒会担当顧問、坂田銀八先生。


「いやー今日もぱぱっと終わったなぁ〜。それもこれも優秀な生徒会長さんのおかげか。」


ぐぅ〜っと背伸びをする先生。
銀髪に、窓から差し込む夕日が映ってひどくきれいだ。


「いやー担当顧問が仕事効率が良いからじゃないですか?」


そういうと、彼はひどく胡散臭い顔をした。


「思ってもねぇーくせによく言うよな、お前。」


「あら、自覚があるんだったらもっと早く書類やっちゃってくださいよ、せんせ。」


外用の満面の笑顔を浮かべて言えば、大きなため息が聞こえる。
ギシッとパイプ椅子がなり、銀八は立ち上がってに向かってきた。


「なんつーか…」


頭の上に少し重量感。


大きな先生の手。





この度に私の顔が赤くなるのは内緒。





「かなわねーな。には。」


そう言って出ていく先生の少しヨレタ白衣の後姿。
私ははっとして、手の元のプリントを一纏めに駆けだした。


「ちょっ!人の頭でチョークの粉落とさないでくださいよ!!」


追いついて大げさに頭を払うと、彼は少し唇を歪めて振り向く。


「あ、ばれた?」


「当たり前です!!」









並んで歩く。先生と生徒。



他愛もないことで笑いあう。教師と教え子。












ここまでは順調だった。







1年生の時は、国語が大好きっ!と言う体で国語科教室によく行った。

(担任でもなく、私のクラスの国語担当ではなかった先生と会う機会なんて、自分で作らなくちゃなかったし。)


2年生の時から生徒会に入った。

(もっと頻繁に、顔を合わせてしゃべるようになった。)


そして現在、生徒会長な私。

クラス担任は銀八先生。




めんどくさがりな先生のこと。
生徒会顧問である彼は、絶対に自分のクラスに役員を置きたがるということを予測しての、生徒会選出馬であった。
(いや、成績とか推薦とか人望うんぬんも勿論あったけど)






我ながら涙ぐましい努力だと思う。







(けど…)







どうしても、そこから先が進めない。







(怖いの…かな…)






最近は自分の気持ちが分からない。







彼に追いつきたくて、ここまで来たのに。

最後の1歩だけ、どうしても踏み出せない。










先生と生徒の壁なのだろうか。

どんなに銀八先生がだらしなくても

どんなに甘党でも

授業中にペロペロキャンディー舐めていても











(大人、なんだよな…先生は)





















は、昼休みの教室で、机に突っ伏して、一人もんもんとする。




(いっそ成人式まで待ってみる?イヤイヤイヤイヤ…そんで先生の左薬指にシルバーリング何て見つけた日にゃ…!!)




様々な案を考えていると、背中にすごい圧迫感。
続いて耳元でいつもの元気な声がした。


「どうしたアルか?」


「うーん、とりあえず神楽に殺されそうになってるか…な…!」



完全にバックを取られたが、神楽をはぎ取ることもできずに苦しんでいると、救世主の声がして、背中から重みが消えた。


「神楽ちゃん、ちゃんが死んじゃうから止めなさいな。」


助かった、と思いながら後ろを振り返ると、やはりそこにはお妙の姿が。


「えーだってイイ匂いするネ。お菓子の匂いするアル。」


「悪いけど、私は食べもんじゃないよ?」





「お菓子をあげるから」と言った妙についていく、神楽の後姿を見送ってから、私は一人で教室をでた。

行く先はもちろん国語科教室。





廊下の窓からは、青い空は澄んでいた。


もう、秋が来ている。







寒い冬を耐えて、そして春が来たら…私は、卒業。





そしたらもう、会えない。








(そーいえば)



先ほどの神楽の言葉を思い出す。


(ボディクリームももうなくなる)




が使っているボディークリームはバニラの香り。

もうずっと使っているため、自分ではあまり意識しないが。



(これも先生が甘いもの好きだから選んだんだよなー)







自分の手首を鼻に近づけると、ほのかに甘い香りがした。







(これがなくなったら…変えようかな。フルーツとか、フローラルとか)







最近、流行っているような香りに。








そんなことを考えているうちに、国語準備室についてしまった。
校舎の一番はずれ、第四棟の最上階。







ガラリと扉を開けて中に踏み出す。

「失礼します」










少し取っ手が冷たかったことも

自分の声が少し震えたような気がすることも

入った先が、先生の煙草の匂いでいっぱいだったことも









全部、全部が少し、悲しかった。
















「おぉー。きたかー。」


間抜けな声を出した彼は窓際でタバコをふかしていた。(いいのか?)
大方はしゃいでいる生徒の様子でも、目を細めながら見ていたのだろう。





少し、憎らしい。




私はこんなに悩んでるって言うのに。






「で、手伝いって、何すればいいんですか。」


そんなことを私が思っていることを微塵も知らない先生が、部屋の中央、ちょうど先生と私の間にある机に歩み寄った。


「これ、分けてほしいんだよね。」


そこには大量のプリント。
一枚ずつめくってみると、その種類も順番もバラバラ。



「…どうしたらこんな状態になるんですか?」


「風のいたずら的な。」





真顔でいう目の前の先生が真剣に憎たらしくて、は片手にもっていたプリントを握りしめた。





「あーーーーっ!もうっ!!これ終わんない!もう昼休み10分しかない!!」


「諦めちゃだめだ!諦めたらそこで試合終了なんですよ、くん!!」


あまりのプリントの量に、そう叫ぶと。先生はそう言った。





っていうか先生、手元全然片付いてない。

ただぼーっと、いつもみたいに私の手元を座って見てるだけ。





「先生!手動かしてくださいよ!手っ!!」


「あー考え事してた。」



(私だって考え事くらいあるわぁぁっ!貴様のことでなぁ!)





叫びたいのを我慢して、再び作業に戻ろうとした。







…したのだが。








先生が手を掴んだために戻れない。







「あの…先生?」



先生の表情は、ふわふわの髪に邪魔されて見ることはできない。


腕を引こうとした瞬間に、もう一度引っ張られて、手首に先生の鼻先が掠める感触。






そして、少しだけ、唇が触れた。






、お前イイ匂いするよね。」











くすぐったい。










くすぐったくてしょうがないから、手を引っ込めようとするのに、先生がそれを許さない。






「そ、そう…ですかっ!?で、とりあえず手を…」



「お前、次の授業何?」



私の台詞を最後まで待たずに、彼はそう言った。








正常な思考回路の働かない私は、反抗することもできずに、小さく社会公民だと告げる。






そうすると、彼が顔をあげた。


「じゃ、でなくてもいいんじゃね?」



「なっ!」



私が反論しようとすると、そのまま先生が言葉を続けた。



「っていうか、ココ、いてよ。」









あぁ、どうしよう。
私、顔真っ赤だ。










何も言えずにいると、もう一度強く手が引かれて、私はバランスを崩した。







目の前にはビビットカラーのネクタイ。
吸い込む息は、全部、先生の匂い。






耳元でスゥっと先生が息を吸う音が聞こえる。







「やっぱ、いい匂いするわ。お前。」









抱きしめられているということに気付くのに、だいぶ時間を要した。




「っ!?」





「なーんて、今はお前のセンセェーだから我慢すっけど。」





ちょうど昼休み終了のチャイムが鳴る。





「三年間我慢したんだ。卒業したら、覚悟しとけよ。」
















まさか、




先生からこの距離を縮めるなんて思ってもいなくて。













眩暈のするような先生の声を聞きながら、

この真赤な顔は次の時間までにもとに戻るのか、それだけが不安だった。



















壁なんて、壊しちゃって。飛び越えちゃって。









甘い香りは誘う













ほろ苦バニラ













…と…とりあえず、バニラの香りのボディークリーム、買いに行かなきゃ。