多分、ヒトメボレしたのは俺が先
ほろ苦バニラ 銀八サイド
夕暮れの会議室で、夕日で朱に染まった彼女の後姿眺める。
いつの間にか月一の恒例行事のようになってしまったこのひと時を俺が楽しみにしているなんてこと、
彼女は知らないのだろうか。
伝わらないのだろうか、
三年目になってしまったこの思いは。
入学式直前。
正直、入学式なんて面倒くさいことこの上ない。
屋上から暇つぶし兼目の保養にと探した可愛い子。
「いねー…。」
ため息をついても、それが白くないのが物悲しい。
式直前の煙草は理事長からきつく禁じられていた。(しかも個別で)
「…どいつもこいつも餓鬼臭ぇなー。」
大人ぶってるの丸わかり。
むしろここは初々しさを前面に出すべきでは…この考え方、おっさんくさいな。
もう諦めて行かなければならないと思った矢先、一人の少女に目がとまった。
色めき立つ群れの中、独りで遠くを見つめるその子。
栗色の髪がゆらゆらと揺れていた。
そんなこと、あるわけがないのかもしれない。
けれど間違いなく、銀八は自分と彼女の周りの空間だけ、色が違う気がした。
或いは、周りがぼやけていたのだろうか。
とにかく銀八は、自分たちだけが一直線に繋がっているような錯覚に陥った。
そして、それを証明するかのように、急に
彼女と目が合った。
もうその後は、何と言うか、入学式どころじゃないというか、記憶がないというか。
とにかく式中ずっと彼女を探していた。
しかし、見つからない。
退場の際に漸く姿を見ることができたが、彼女は真っ直ぐに前を
見詰めたままで、銀八には気付かない。
まぁ、当たり前だが。
その時銀八は3年のクラス担任が決まっていて、しかも彼女のクラスの国語担当ではなかった。
それが分かった時には担任になった服部に八つ当たりの蹴りをいれ、相当怒らせたものだ。
しかし、彼女は今自分の隣にいる。
隣で笑っている。
彼女が一年の時、国語科教室に入ったら彼女が居た時はあまりの運の良さに唖然とした。
二年の時、新年度学生役員名簿を見たときには心の中で小躍りした。
そして今、生徒会の顧問をしていてこんなに良かったと思ったことは今までに一度もない。
これは、運命なんかじゃないってことも心のどっかで分かっている。
しかし、それを肯定するのは幾分か度胸が必要だ。
教室で、生徒会室で、窓から眺めて、
彼女にばれないように彼女を見つめては自問自答を繰り返した。
しかし、現実問題、俺は先生であいつは生徒。
(設定としてはオイシーけどな、ダメだろ)
いつもそういう結論に至り、彼女から目をそらすのだ。
今も、隣で笑う彼女を見ながら、そんなことを考える。
「あー、そーだ。明日の昼、国語科教室来てくんね?頼みたい仕事あんだわ。」
少しだけでもいい。確かめたい。
言葉や、小さな態度で、彼女の気持ちを。
卑怯臭い気もするが、この際それは大人の汚い部分ということで許してもらおう。
ああ、なんという臆病者
彼を走らせたのは彼女から香る甘い甘いバニラの香り
そして翌日。
若干高なってきている鼓動を気のせいにしてしまって、気分転換にと開けた窓から秋を告げる様な風が舞い込んできた。
勿論、ホチキスでまとめてもらおうと置いておいた書類の束はいとも簡単に崩れ去った。
「あーーーーっ!もうっ!!これ終わんない!もう昼休み10分しかない!!」
「諦めちゃだめだ!諦めたらそこで試合終了なんですよ、くん!!」
言いつけどおり手伝いに来た意中の女子生徒、に適当に相槌を打つと、
案の定睨まれた。
(いや、その顔も可愛いです。ごちそうさまです。)
彼女が作業に戻ろうと顔を下げた途端、それこそ風のいたずらだろう、ふわりとカーテンが揺れた。
鼻を掠めたのはまたあの甘い香り
それはほとんど衝動で。
狼狽した彼女の声もどこか遠くで聞いていた。
顔を近づけた手首からも香るその匂い。
(そんな甘い香り振りまくな。)(これを好きなのは俺だけでいい。)
「、お前イイ匂いするよね。」
顔を出しそうになった幼稚な独占欲をそんな言葉に隠す。
はその手を離そうと身をよじるが、銀八はそれを許さない。
「そ、そう…ですかっ!?で、とりあえず手を…」
上擦った声
顔をあげ、間近で見上げた彼女の顔は真っ赤。
(可愛いです。ゴチ。)
そうして臆病な彼は漸く一歩踏み出すのだ。
抱きしめた彼女からはやはり甘い香りがする。
二歩目は君への宣戦布告
「三年間我慢したんだ。卒業したら、覚悟しとけよ。」
おいで、おいでと
甘い香りが誘う
ほろ苦バニラ
臆病者への激励か
愚か者への誘惑か
(ま、どっちでも大差ねぇーけど。)