あたりに漂うむせかえるような花々の匂いから逃げた先で彼女を見つけた。
「ちょっとお兄さん。そこ立ち入り禁止。」
見つけた。と言うより見つかったというべきか。
「…スンマセン」
15になったその日に、男になれと連れてこられた所謂花街で、銀時はほとほと困り果てていた。
「…高杉さんのご友人だったかしら?」
「何で知ってんだ?」
元凶である高杉は恐らくこの店のどこかで酒盛りしているのだろう。ここは彼の馴染みだという。
「表で騒いでいたでしょう?見えてましたから。」
確かに店の表で入れ入らないの押し問答だった。
結局店主の酷く恐ろしい老婆に一喝され、慌てて中まで入ってしまったのだ。
「あんたも遊女なのか?」
店の前。
赤い格子に囲まれたそこで高杉と銀時を見て微笑んでいた遊女達。
美しいが、触れてはいけない気がした。
「…町娘の格好に見えます?」
青に近い藍色の控え目な着物。
それでも、控え目というのは遊女の中ではの話で。
緩く上げた黒髪。藍色から覗く赤色の襦袢に白い肌がよく映える。
「だよな。」
「さ、こちらです。」
身を翻す彼女からもやはり花の香り。
しかし、それまで自分を疎外していたその香りが突如として自分を誘う。
気づけば彼女の白い手を掴んでいた。
「あんたに…ついてもらうことはできるの、か?」
「…分かりました。部屋を用意しましょう。」
ああ、なんという誘い香。
今晩は朔。
行灯の光だけではやはり薄暗い。
隣を盗み見るとさっきから自分に注ぐ酒を手にぼんやりと外を見ている。
それは郷愁のようで、或いは憧れのようでもあった。
部屋に通され改め名乗った彼女は「」というらしい。
「どうされました?」
いつの間にかすっかり見入ってたらしい銀時は、慌てて前に向き直る。
「いやっ。なんでもなぃ…です。」
非常に情けないと思う。
上手く喋ることも出来ず、恐ろしくて手を伸ばすこともできない。
そんな銀時の緊張を知ってか、はゆったりとした様子で、クスクスと笑う。
「なんで銀時様が畏まるん?」
お客様なのに、と。
「…慣れてないんだよ。こーゆーのは。」
「でしょうねぇ。」
訳知り顔で頷くのが悔しくて銀時はついムキになる。
「高杉が慣れすぎてるだけで、俺が遅れてるわけじゃねぇっ!」
しまった、と思ったが既に時遅し。
目の前の彼女はすぐに口元を覆った。
「…高杉様と比べちゃってる時点で…ふふっ…なんかいろいろ負けてますよ?」
笑いを堪えながら言われて、銀時は顔が赤くなるのを感じた。
「…うっせぇ。」
花の香りが強くなった。
「大人になるのは恐ろしいですか?」
透き通った目で急に見透かされる世界との蟠り。
覗きこまれた瞳に映る2人自分はなんて情けない顔をしているのだろう。
(泣きそうだ)
見ていられなくて、銀時は顔を背けた。
「恐いわけ…ないだろ。」
泣いているだけの自分が嫌で背伸びして手を伸ばしたのは他でもない自分だ。
ひんやりとした小さな白い手が、そっと自分に重なる。
「大丈夫です。直に全部、忘れます。」
『忘れる』
何をだろうか
それは正しいことなのだろうか
否、正しいかどうかは、世界にとってどうでもいいのだ。
重ねられた手は白く、小さかった。
けれどその手は、銀時を包んだ。
自分の手が酷くちっぽけに感じた。
震えているのは、自分の指か、彼女の指か。
分からないほどに体温はゆっくりと溶け合う。
武者震いなら、止むまで抱きしめましょう
後ろ髪引かれるくらいなら、この髪切り落としてしまいましょう
幼いままでは、生きて往けないのです。
誘い香
誘われるまま
重なるのは赤
藍
桜
朔
僕は背中を押され
残ったのは花香る接吻だけ