「溜まってんなら置き屋行け。」

酷く乾いた声と、不機嫌そうな目で、彼女はそう言った。










間違っている。
少なくとも、夜這いを掛けられたうら若き女の科白ではないと思う。




しかし、下から銀時を睨みつける彼女の目には恐怖や恥じらいなんてものは浮かんでおらず、
ただただ、不機嫌であった。
このような反応が返ってくるとは思っていなかった銀時が呆けていると、
至極質素な寝巻に身を包んだは邪魔だと言わんばかりにそれを押しのけて立ち上がった。

狭い部屋の襖を開けると、眩しいばかりの白光。
満月に照らされた彼女の肌は白く、戦場で泥まみれになって敵を狩っている姿からは想像出来ないほど
淡く儚かった。

紅色の唇が歪む。

「連中と兄弟になるかもーとか考えなかったわけ?」

それは酷く挑戦的な目で、それは酷く歪んだ言葉だった。

「桂、高杉か?…何、あいつらと寝たの?」

銀時の心が冷える。驚くほど冷たい血液が全身に送られたような気がした。
女は小さく口角を持ち上げるだけ。

「…ざけんな。」

立ち上がり、その細い腕をむんずと掴む。
崩れた体をこれでもかとばかりに強く抱きしめた。
白い首筋から甘い香りがし、思わず口をよせる。
それでも女は為されるがまま。



そう、彼女は月を見ていた。

ゆらりと、片腕が宙を掴む。
届かない白光に手を伸ばす。











届かない。掴めない。











「やめなさい。銀時。」



まるで母親のような言葉に顔を上げた銀時の頬を、が白光にかざした掌で包む。




「泣かないでよ。銀時。」

「…泣いてねえ。」





人の世とは思えないような戦場で心は次第に麻痺していった。

それでも。

立ち止まったら死ぬのは必須。

弱さに溺れれば壊れるのは心。





「私に、あんたたちの弱さをぶつけないで。受け止めていたら、私死んじゃうわよ。」




彼女は泣いてはいなかった。

否、涙なんて枯れていた。






















「溜まってんなら風俗行け。」

彼女は同じ声色で、少しあの頃よりも大人びた顔でそう言った。

「あれ?デジャヴ?」

ここは万屋。何時ものソファー。

「学習しない奴だな。」

呆けた銀時を押しのけ、午睡から目覚めたは大きく伸びをする。
夢を見ていた。戦場の夢を。

体中の強張りは夢のせいか、それとも不安定なソファーで寝たせいか。

テーブルに置いたままの冷え切ったお茶を飲み干す。
その渋さにが顔をしかませていると、隣に座る銀時がもっと渋い顔をする。


「そういやあの時は散々だった。お前俺の両手ふん縛った状態で人のこと抱き枕に…」

「まー私もね?人恋しかったし。だからといって襲われる気もないし。つーか、被害者だし。」

銀時の肩に重みがかかる。

「ちなみに、あの前の晩、さらに前の晩に銀時と同じように夜這いをかけてきた高杉、桂の両名も同じ目にあっている。」

銀時が繁々との両目を覗きこむ。

「すごいな、お前。」

今や天下の御用者になっている彼らもにとっては抱き枕。
そう考えると案外この国は平和なのかもしれない。

銀時がそんなことを考えていると、不意に唇に温かな感触が掠めた。

「まーそんな私も?今は君のものなわけです。」







お湯を沸かしに台所へ。すでに背中を向けたを銀時は追う。

「ちょ!ちゃん!!?今のもう一回!!!」














あの日掴めなかった光はもう消えてしまった。

けれど今、光の中で笑っていられる。











白光