屯所に向かう車中。
それまでエンジン音だけが響いていたそこに、唐突に松平の声が響いた。
「あ、おじさんいいこと考え付いた。」
02 初戦
そんなことを言うときの松平はたいていまともな考えを思いついてはいない。
それを重々に承知しているからこそ、彼女はため息をつきながら顔を上げざる得なかった。
「何…ですか?松平様。」
顔を上げると嫌な笑い。
「沖田と、手合わせしてみない?」
「沖田…。沖田、総悟?」
名前は、よく耳にする。真選組随一の剣の使い手。
十代にして隊長格。
興味がないと言えば嘘になる。
「身体、鈍っちまってるって言ってたろ?」
確かに、最近剣を振るようなことは少なかった。
「だから、な。」
まともな事ではないが、松平も偶には良いことを考え付くものだ。
「…はい。」
そう言いながら、視線を外に戻した。
いつの間にか街も外れの方にきたらしい。
間もなく到着だろう。
ガラス窓に映る彼女の顔は、ほんの少し、笑みを浮かべていた。
「ちっ…」
風をきる刀の音と沖田の舌打ち。
そして、音もなく地面に着地する女。
息も詰まるような戦いに隊士達は息をのんだ。
戦いは最初から一方的な沖田の攻撃という形で進んでいる。
しかし、未だに顔を見せない女が押し負けているというわけでもない。
いや、むしろ…ほんの少しだが、押し負けているのは
(沖田隊長…なのか)
山崎は隣に座る土方を見やるが、その顔は山崎の気付いた事実を肯定する材料にしかならなかった。
(あの女…なかなかやりやがる)
実力を伴わない奴が真選組に入ってくるのはご免だが、強い人間というものは
それだけにいろんな余計なオマケが付いてくるものだということも分かっている。
(総悟が曲者なのがいい例だ)
それが素姓のよく分からない人間ならなおさらだ。
(気に食わねぇ…な)
土方は二人から目をそらさずに、煙草に火をつけた。
女は、何度目かも分からない沖田の斬撃を紙一重でかわし、音もなく地に降りたった。
息一つ乱さないその姿に、近藤は開いた口がふさがらない。
いままでこれほどまで沖田との対戦で時間を稼いだ者がいただろうか。
大抵は最初の一撃でやられてしまうというのに。
その沖田も若干の焦りを感じていた。
勿論、それを顔に出すほど素人でもないが。
(この女…わざと…)
闘っている自分が一番よくわかる。
この相手は攻撃できないからしていないわけではない。
わざと攻撃してこないのだ。
しかもそれが極力外野にばれないようにわざわざ紙一重で自分の攻撃をかわしている。
(近藤さんや土方のヤローにはばれてんだろうなぁ…チクショウ)
沖田にはそれが面白くない。
目の前の女がどうしてこんな戦い方をするのかなんて、分かろうとも思わない…が。
(舐めてかかってこられるのだけは…ごめんでさぁっ!)
それは目の前の相手に対して?
外野に対して?
…土方に対して?
一瞬そんなことが頭を掠めたが、すぐに意識は目の前の獲物に向く。
瞬時に間合いを詰めた沖田に焦ることもなく一歩下がる女。
しかし、沖田も次の一手は読んでいた。
更に一歩相手の間合いにまで入り込む。
本来なら斬られてしまうだろうが、今は相手に攻撃する気が全くないことが分かっている。
だから踏み込めた。
一瞬、彼女が戸惑う。
そこを狙った。
彼女の持つ木刀。
そうしなければ彼女が攻撃に転じることはないだろうと思った。
そして、一瞬の沖田の閃きは彼の思うように運んだ。
高い音と共に空を舞う女の木刀。
それを目で追うことなく、女の足が沖田の腕を狙う。
すぐに一歩下がり、そのまま続けざまに最後の一撃に入る。
女も蹴りの勢いそのままに低い体勢から沖田の懐に飛び込んだ。
「そこまで!」
沖田の木刀は女の上段のガードの寸前で。
女の拳は沖田の鳩尾の寸前で。
止まった。
「引き分けっ!」
(あの娘…、監察に来るって言ってたよな……。…俺、要らなくなるんじゃないかな…)
両者を引き離すように言った近藤の言葉を聞きながら、山崎は半ばあきらめ気味にそんなことを考えていた。
変換なくてサーセン。