「と、いうわけで今日からこの娘、真選組だから。」







03 瞳





「半年間の契約で、主に監察業務をこなしてもらうが常時は通常の隊に配属しておいて。」

書類をパラパラと見ながら面倒臭そうに業務連絡をする松平とその隣に控える新人隊士。
並ぶ近藤と土方、そして山崎と…沖田。

先程の勝負ですこぶる機嫌の良くない沖田だが、松平に呼ばれてここにいるということは、勿論…

「で、歳も近いから一番隊にしちゃっていい?」

「やでさぁ。」

フイ、とあらぬ方向を向く沖田に困った顔をする近藤。

「でもとっつぁん。監察と一番隊なんていくらなんでもキツすぎないか?」

近藤がそういうと松平はフン、と鼻を鳴らした。

「一番隊業務はココに慣れてもらうためだ。勿論本業は監察。半年しかいない分早く慣れたいっていう本人の希望でもある。」

な、と振り向けば女がコクンと首を縦にふる。



「でもなぁ、とっつぁん…」

「顔もみせないような奴にそんなに隊務を与えたくもねぇんだよ。」


言い淀む近藤にそれまで黙っていた土方が口を開いた。

その目はまっすぐに女の隠れた双眸に向いている。



「それはなぁ…」


ため息混じりで言った松平の前に白い、小さな手のひらが言葉を遮るように出された。

一斉に自分に集まった視線を長い前髪の間から僅かに見える瞳で真正面から受け止め、女が初めて口を開いた。




「私は、忍です。無暗に顔を見せるわけにはいきません。本当に雇っていただけるか分かるまではこのままで失礼します。」



彼らが想像していたよりも高い、鈴のような声だった。

そして、その瞳は…強い。

押し黙った彼らを余所に、彼女は淡々と続けた。


「私は何もここに入れてくれと乞うているわけではありません。私のことは必要がないとおっしゃるのでしたら退かせていただきます。
急なお話でご意見もまとまっていないようですので、どうぞ、皆様だけでお話合いになってください。」


一息にそう言って、一人で部屋を出て行く背中を残された者たちは見ていることしかできない。
たっぷりと間をおいて、松平の叫びが屯所を木霊した。



「何してくれてんのお前らーーーーっっ!」


















(冗談じゃない。)


目の前には広がる街の風景と空。
瓦の反射で温度が高く、早春のこの時季でも上掛けなしで寒くない。

そして誰にも見つからない。

快適だ。



しかし、彼女の表情は冴えない。

松平がどうしても、というから来たというのに、どうしてああも揉めるのか。



(だから侍って面倒くさいのよ)


何番隊だって良い。
監察だけだって良い。


とにかく早く仕事がしたい。


そうでなくとも、体が鈍っているのだ。



早く実戦に出たい。




先程の一戦で、確信した。

確実にココでなら良い仕事ができると。


しかし、そう上手くはいかないようだ。


(お給料もいいし、寝どこもあるし、環境は良いし…)


自ら望んで入れてくれとは思わない。
条件が他に比べて良い、それだけだ。




(決めかねてるならもう他で探そうかな。)













いつまでもこちら側にいるほど、恩は受けていない。

























「どーしてくれるのよてめぇら…」

「ちょ、たんま。とっつぁん、たんま。そこ首。あ、なんか絞められると下からなんか出そう。我慢してたもんが、でそう。」



低く唸る松平に、首を絞められる近藤。
傍観を決め込む土方と沖田と一人青くなっている山崎。


なんだか本当に物を出しそうな近藤を見て、土方は口を開く。


「でもよぉ、とっつぁん。あんな餓鬼、連れてくるとは思わないぜ、誰も。」



顔は見ていない、しかし、あれは女というよりは小娘に近い、と土方は直感していた。

そしてそれは、松平から沖田と歳が近いと聞いた時、それは確信へと変わった。


「使えるのか?本当に。」




ぱ、と松平が手を離すと、近藤はすり足で部屋から消えた。



便所だ。



松平は溜め息を一つ、ついて懐から煙草を取り出すと、火をつけた。
たっぷりと味わってから、白い煙を天井向けてはきだす。



「使えねぇやつ、連れてくるわけねぇだろ…。おい山崎ィ。」

「はぃぃっ!」


完全に蚊帳の外だと思って気を緩めていた山崎は慌てて居ずまいを直す。


「てめぇ、“黒い炎”を知ってるか?」

聞きなれないその言葉に土方と沖田は眉をひそめる。

ひとり山崎は理解したらしく、みるみる表情が変わっていく。


「う…そだろ…まさか、あの子が!?」

「そのまさかだ。」


一人で慌てだした山崎に土方と沖田はついてゆけない。

「なんなんですかぃ、クロイホノオってのは。」


興奮した山崎の話は分かりにくかったが、まとめるとこうなる。



黒い炎とはあるくの一の呼び名の一つで、忍の世界では大層有名である、と。


「説き伏せるの、大変だったんだからな。」

「そんなにすげぇのか、そいつは。」


土方の問いに、山崎は首を縦にふった。


「それはもう…夜闇に紛れて神出鬼没。まるで幻想のように現れて消えていく。その姿は人外のもののように美しいとか。」










正体不明の常闇の住人。




それが、黒の炎。














あまりの胡散臭さに土方の眉間にはさらに皺が寄る。


(使えることは、先の一戦のこともあるし分かった。だが、気にくわねぇ。)



山崎の話を聞いてもまだ、言葉を発しない土方と沖田に、松平は本来ならば言いたくはなかったが…と切り出した。


「あの子がここにきたのは将軍のご命令なんだ。」

「「「将軍の?」」」

三人が一斉に聞き返した。


将軍が一個人の人事に口出しをするなど、余程のことだ。


「ここに来る前には将軍護衛についてもらっていたのよ。したら将軍が大層あのこのことを気に入ってなぁ…。」


それに加えてあの強さ。ぜひにもこちら側に留めておきたいということで、真選組が選ばれたというこたらしい。





「お前らに、拒否権なんて最初からねぇんだよ。」





山崎を連れて、彼女を探しに松平は部屋から出て行ってしまった。




そこへ近藤が一人戻り、部屋に充満する黒い空気に一瞬身を引く。
顔をしかめると、その空気を振り払うように、ごほんと咳払いをした。

「あのなぁ、せっかく松平のとっつぁんが…「お気に入りってことは、将軍の女ってことなんですかねィ。」

沖田が横目で見れば不機嫌そうな土方の顔。

「あ、あれ?総悟くん?ちょ、かぶって…「さぁな、…だが、なんにせよ、気にくわねぇな。」


「あれ?トシも?…あれ?」

チッと、舌打ちをひとつする土方の眼光は次第に険しくなっていく。

「おかしーなー…、ま、いいか。とにかく!あの子のことを苛めるのは勲が許しませんよっ!!」


すでに女を仲間、と認識している近藤をみて、沖田は「女ってのは怖いねィ」と一人呟いた。














急な来訪に、顔には出さなかったが驚いた。

「こんなところにいたの、探しちゃったよ。」

ひょうひょうと言うが、目の前に来るまで気配が察知できなかった。

(さすが…真選組の監察、か。)


「お話合い、終わりましたか?」

目の前の人物が差し出した手をよけて、一人立ち上がる。

「うん、今日からよろしく。」

山崎は少し困った顔をしながら頷いた。

顔の見えない少女は背を向け、一歩踏み出す。


何を、見つめているのか。

何を、背負っているのか。




その背中がなんだか大きくも小さくも見えて、山崎はどうしていいか分からなくなった。












隊士たちが集められた大広間。
座席は今朝と同様。

唯一違うのは松平がそこにいるということ。



隊士たちのざわめきでほとんど聞こえないが、段々と足音が近づいてくる。
最初に気付いたのは山崎。


それに気付いた者から口を噤む。



足音が広間の前で止まった時、誰一人として口を開いているものはいなかった。


「失礼します。」

音もなく開けられる入口。

隊士たちは小さく息をのんだ。



一歩、中に入ると彼女は膝をつく。



ゆっくりと、長い髪が下に流れた。




「本日より、真選組への入隊が決まりました。 と申します。以後、よろしくお願いいたします。」




再び顔を上げたその瞳は


強く


美しかった。















…やっと…名前が…。