あんなに、小さかったのに










仮面05 








二日前





滅多に鳴らない万屋の呼び鈴が鳴った。

それはかれこれ一週間ぶりのことで(その一週間前の客と言うのも家賃取り立てに来たキャサリンだったのだが)志村新八は慌てて飛び出した。





「はぁぁぁっいっ!!」


パタパタとかける彼の背中に目をやることもなく、坂田銀時はジャンプから目を離さず口を開いた。


「客か?今ジャンプいいとこなんだけどな…。」

「でもワタシそろそろおかずのある食卓に戻りたいネ。」

言う割には、神楽も酢昆布を食べる手を止めない。


二人のやる気のない発言を背中で聞きながら、新八は玄関の引き戸を開けた。



「ごめんください。坂田銀時さんはご在宅でしょうか?」




一瞬、呆けてしまった。



「ぁ…えと…います。どうぞ?」














ぎこちなく招き入れ、居間まで通すと、予想通り銀時と神楽も一瞬固まった。












一言でいえば、綺麗なのだ。


ただそれだけなら、街に居る娘たちだってそういう子はたくさんいる。


なんというか…纏う空気が違うというか。


「あーっと、どんな依頼で?」

銀時がそう言うと、彼女が一瞬怪訝そうな顔をした。
口を開こうとした瞬間、彼女の携帯に着信が入る。

「すみません。」










彼女が席を外した途端、3人は額を突き合わせた。


「銀さん春来たんじゃね!?」


「一生コネーヨ。でもごっさ綺麗な人ね。」


「僕もびっくりしちゃいましたよ。でもあんな人がなんの依頼ですかね?」


新八が廊下の様子を窺う。

聞き取れはしないが、人が話している気配があった。


「ばっかおめぇ。あーゆー人間の方が人生波乱万丈で万屋に依頼があるもんなんだよ。」


銀時がしたり顔でいうと、神楽も頷いた。(こういう時の彼らの顔は驚くほど似ていると思う)


「そーネ。きっとあの人は夜の蝶アル!」


そう言えば、昨日夜の特番で水商売特集していたなぁ、と新八は記憶を辿る。


「いやーでもどんな依頼か…「銀時。」」


いきなり響いた声に口を噤む。
そちらに顔を向けると、電話を終えたのであろう彼女が立っていた。


「悪い…あまり時間に余裕がなくなってしまった。早速だけど依頼を…。」


そこまで言って、言葉を切る。
3人の豆鉄砲を食らったような顔に気付いたからだ。


「やっぱり覚えていないのか、銀時。」


「え!?知り合い!?」


そんなはずはない。



こんな綺麗なおねぇちゃんだったら絶対忘れない。



銀時は必死に海馬の中記憶を引き出そうと必死になるが、でてこない。






うんうん唸る銀時をみて、彼女は軽く溜め息をついた。


「まぁ、もう随分経っているし…しょうがないか。私だ。 だ。」





名前を言われ、すぐに出てくる多数の記憶。



めったに開くことない思い出の中に、その少女はいた。



鮮烈なイメージを彼らに残し、消えていったその少女。









…ちゃんっ!?」









いつか再び、と思っていた。(というのはカッコ悪いので黙っておこう)
懐かしさとか抱きつきたい衝動とか喜びとかを上手く隠して出た言葉はなんとも間抜けなものだった。
大人として、もっと言うことはなかったのかと思ったが、自分の頭のスペックを考えれば無理な話だ。


「やーなんというか大きくなって。」


銀時がそういうと、まぁな、と小さく呟いた。

そう言われれば、少し面影のある何時かの少女。




「で、依頼なんだが、これを小太郎に渡してほしいんだ。銀時ならあいつの居る場所くらい見当がついているだろ?
代金はこれくらいでいいか?3万円入っている。」




あっという間に依頼を済ませる彼女に、新八は衝撃を感じた。


(この素早さ、展開の早さ…!今までこの世界(銀魂)になかった…!!)



速さについていけなかった銀時が頭を抱える。

「…え、ちょ、待て。ちょ、しばらく頭動かしてなかったせいか…頭熱い…知恵熱?」





「えと、…さんは銀さんのお知り合いなんですか?」


頭から煙をだしそうな銀時に変わり、新八がなんとか会話を続ける。


で構わないわ。君は?」

「あ、志村新八と言います。一応万屋の従業員です。こっちは…」


「神楽ネ。お姉さんは銀ちゃんの彼女アルカ!?」
「違うな。」





((即答…))




笑顔で神楽に答える彼女に若干の悪寒を感じたのは男二人だけだったらしく、既に神楽は懐いているようだ。

恐らく、自分や妙と同じ匂いを嗅ぎ取ったのだろう。野性的な嗅覚で。



「銀時とは…昔からの知り合いなんだ。」

「つーかお前、ヅラと仲いいだろ?なんで直接行かねんだ?」


知恵熱から立ち直った銀時がやっと口を開いた。


「駄目なんだ。今度からの仕事場は。」


怪訝な顔をする彼らに、彼女は少し顔をしかめた。
昔からそうなのだ。それこそ幼いころからは、必要以上のことを話そうとしない。


けれど、話しても差し支えないと判断したのか、ひとつ溜め息をつくと銀時を見据えた。




「今度の仕事場、真選組なんだ。」



その一言に、銀時と神楽は絶句した。(よく似た顔で)
















振り払った刀は確実にそいつの喉元を掠めていた。
俺はそれを横目に刀を振り、血を払う。



辺りに漂うのは血の匂い。


何度嗅いでも慣れないその匂いは胸糞悪い。



そこで生きているのは自分だけだと思った。

天人は全て片付けたはずだった。



それなのに、あれは?


3人の天人が小さな影を追って刀を振り回している。

その影をみて、銀時はギョッとした。



少女だったのだ。

戦場ではまず目にしない。





長い髪を二つに結って、ひょろりと細い足が着物から伸びていた。




あっという間に少女が追いつめられる。
天人の一人が刀を振り上げた。


慌てて銀時が駆けだす。
血をつけた刀がいつもより重く感じた。


「野郎っっ!どけぇぇぇぇっ!」


天人と少女の瞳が一瞬こちらに向けられる。

2人の天人がこちらに向かってくる。
残る一人は、にやりと笑うと、そのまま少女に向かって刀を振り下ろした。


その間も、彼女は銀時から瞳を離さなかった。





そして、笑った。





ぐらりと体が傾き、そのまま音を立てて地面に倒れる。




血を噴き出しているのは天人で、少女ではない。



訳が分からず、銀時は呆けてしまった。

その一瞬の隙を付いて、残りの天人が銀時に斬りかかる。


「白夜叉!!死ねぇぇぇっ!」


天人の雄たけびで我に返る。

しかし相手は刀を構えることもできないほど至近距離に迫っていた。




ヤバイ、死ヌ…




本気で思った。
嫌になる。女の子みて呆けてる間に死んじまいました、なんて、阿呆臭い。





しかしいくら待っても衝撃は来ない。

無意識に瞑っていた目を開き、一番最初に見えたのは漆黒の髪。


(俺もこんな髪が良かった。血で汚れても、目立たなそう。)


天人は確かにそこにいた。

その小さな頭のその向こうに。


「邪魔。」


声がした。

そして、すでに息のない天人が倒れる音が二つ。





生キテル…





思考回路が正常に戻っていく。





「っ死ぬかとオモッタァァァァァァッ!!」


「あなたが白夜叉ですか?私は。伝令を預かって来ました。」



声に振り向いたその顔は、やや不機嫌そうだった。
その年不相応な言葉と表情は恐らく一生忘れないだろう。











「…ということがあってだな。」

「いや、銀さん…あんた何も言ってなかったからね。勝手に一人で回想してただけだからな。」

彼女、が帰った後、暫く天井を見つめていた銀時が急に口を開いた。



どうやら今の今まで回想にふけっていたらしい。




「にしても…しっかりした方でしたね。こんなぐうたらした大人じゃなくてああいうテキパキした大人に…」


「ん?あー…。あいつはお前との方が年近いぞ?」



今度は新八が絶句する番だった。




その後、何者なのかとか新八が喚いていたが、
銀時は我関せずで天井を見上げていた。







「大きくなって…か。」










最初から、彼女が子供だったことなど一度もないのかもしれない。