(これは…まずい。)

射抜くように見つめられ、山崎は己の不運を嘆いた。











薄暗い路地裏。
影に溶け込むようにして進むの先には、一人の男。

顔見知りではない。

監察方配属と同時に渡された要注意人物リスト。
その中の一人。

男が入った長屋の一つを確認し、は裏手に回った。
全ての雨戸が閉められたその家。
唯一換気扇からだけ、中を窺うことができた。


「準備はどうだ?」

「もう大丈夫…後は数人ずつ、出ていくだけじゃ。」


油のこびりついた羽根の隙間から見えたのは薄暗い室内。
ざっと15人くらいはいるだろうか。
訛りの強い男たちが、額を突き合わせている。

室内であっても安心できないのか、きょろきょろと落ち着かない。
あいにく内側からは見えないのだが。
男たちの手には明らかにこれから持ち出すのであろう各々の荷物が用意されている。

彼らは出ていくつもりなのだ。

よりにもよって、今日。









中には指名手配のかかっている者もいる。
一人たりとも逃がすわけにはいかない。






見張りと連絡、一人では足りないだろう。



は仕方なく、隣の空き家に足を向けた。
荒れ果てた庭に取り残された古井戸。
それと垣根の間。




影に潜む影。



「山崎さん、緊急です。お仕事中申し訳ありませんが、出てきていただけないでしょうか。」




射抜くように見つめられた山崎は思考停止した。



















1人、2人…よくもまあこんなにたくさんの男があんな小さな家に入っていたものだ。

潜伏していたのは13人の浪士。
そのうち指名手配のかかっている者が3人、要注意人物リストに名を連ねている者も数人、テロ共謀の疑いで屯所に引っ張られている。


男達を眺めるの隣には顔色の優れない山崎。



(昨日の今日でさんへの尾行がバレバレだったなんてことが副長にばれたら…やばい、俺、死ぬ。
俺にはあんぱん食べながら張り込みするのがお似合いなんだ…身の丈に合わない尾行なんてしたから…)



山崎が煙の臭いに顔を上げると、二人の前に仏頂面した土方が立っていた。


「ご苦労だったな。まさかこんな所で捕まるたぁ、奴らも思っていなかっただろうよ。」


国を出て、仲間を集め、江戸でテロを起こし、
そして資金繰りのために再び故郷へ戻ろうとしていた彼らを最後の最後で捕縛することができた。

それでも土方の表情が優れないのは、が関わっているからに他ならない。
少女を認めたくないという感情は、既に、しっかりと彼の心に張り付いてしまっていた。

「ところでお前ら、どうして一緒にいた?」

「うっ!」

山崎は肩が跳ねるのを全力で押さえつけ、隣を盗み見る。
は相も変わらず素知らぬ顔。
口を結んでいると本当に人形と身違えてしまいそうなほど、その顔には感情が乏しい。


もう腹をくくってありのままを話すしかない。
そう思った山崎はきっと顔を上げる、が、が先に口を開いた。


「山崎さんも私も、任務中に不審人物を追いかけ、この場所で偶然出会いました。」


山崎を尻目に、は続ける。


「私は沖田隊長と市街見回りをしている際に不審な人物を見つけ、ここまで追ってきました。
そのあとすぐに、山崎さんがやってきました。」

「そうなのか?山崎。」

「は、はい。」

思わず肯定してしまう。
土方は山崎の失態を疑っているようだったが、他の隊士に呼ばれ、2人に背を向けて行ってしまった。

「あの、さん…?えと、ありがとう。」

「嘘はついていませんから。」

二人とも不審人物を追いかけていたのも本当
の後にすぐ山崎がきていたのも本当

確かに嘘はついていない。
山崎は改めて少女の顔を見た。
感情の乏しいその顔は、ほんの少し、山崎の様子をみて楽しんでいるようでもある。

「副長は疑り深いんですね。」

「まあ…立場上ね。」

誰でも彼でも信頼する近藤の右腕としては、それくらいの慎重さは必要なのかもしれない。
しかし、今回のへの疑いはあからさますぎる。
真選組に女を入れることへの抵抗なのかもしれない。

「ま、いいですけどね。では、お仕事、頑張ってください。」

皮肉な響きを残しては山崎に背を向け、歩き出す。








人を寄せ付けまいとすると土方の背中はなんだか似ていた。













さんは白です。」

両手で抱えてきた大量の報告書を叩きながら山崎がそう宣言するが、
土方がそれを許さない。

「証拠は?」

「黒が出てこないこと以外、証拠が必要ですか?」

さすがに、ここまで頑なになられると、山崎も閉口してしまう。

「何を根拠に副長はそこまで?」

持っていた筆を置き、土方が山崎に向き直った。
箱から煙草を取り出す。

「情報が早すぎると思わねぇか?」

トントンと、煙草を叩く土方の表情は険しい。
一番初めの斎藤の件からだがのもってくる情報は非常に正確で、且つ早い。

「だからといって、」

それが黒の根拠にならないことは土方も分かっている。
仕事が出来る人間だからこそ、どうにも引っかかることがあるのだ。

「あいつは…真選組のことをなんとも思ってねぇだろ。」

それはまるで子供のような感情で、言葉にするととても幼稚だった。
ただ、肌で感じる不信。
真選組を只の道具でしかないと、思っているのが手に取るように分かる。

「確かにそれはそうですけど…」

真選組を一から作り上げた彼らだからこそ、譲れないそれ。
そして、それはかつて一度、一人の男の手によって大きく揺さぶられた。
もう決して、あのようなことは起こしたくない。
その思いが、土方を乱暴なまでに頑なにさせていた。

遊ぶ手が止まり、口許に持っていかれる煙草。
明るい室内に、無意味な赤い明かりが灯る。
その時、襖の外で人の気配がした。

「土方副長、山崎先輩、失礼してもよろしいですか?」

まだ若い、明るい声。
夜中まで仕事しているにも関わらず、張りのある声だった。

「どうした?」

慌てたように内側から襖を閉めるその監察方の青年に、土方が問うた。

「見つけました!」

精一杯、喜びを押し殺したその一声に、土方も山崎も身を固くした。

の攘夷との繋がりを見つけたんです。」


最早イ草の香りなどしなくなった畳の上で、山崎は拳を握りしめた。