「お邪魔しますー。」
黒の扉を手前に引くと、少し離れたところで銀ちゃんが首を伸ばしていた。
「どっぞー。」
おかしい。様子がおかしい。
「きれい?」
「なんで疑問形なの?」
「え、何?熱?どしたの銀ちゃん??」
「お前…失礼じゃね?」
慌てて覗き込んだ坂田銀八さんの眉間には皺がよっていた。
「だって…ピカピカ。」
そう言って見回した部屋はまるで違う人の部屋のよう。
一昨日まで足の踏み場もなかったのに。
「いやー銀さんやれば出来る子だよなー。」
得意げに言うけれど、褒められたことではないんじゃないかな、それ。
散々「へー」だの「ほー」だの言って部屋中を歩き回ったあと、
久々に銀ちゃんの手料理を食べ、満足した私はソファでコーヒーを啜っていた。
「ところでさ、ちゃん。」
ズイッと隣の銀ちゃんの顔が近付く。
「明日お休みでしょ?」
泊ってく?なんて、ふざけた質問だ。
私はそれを避けるように立ち上がった。
「じゃなきゃ、こんな時間にココにはいないわ。」
テーブルに置いたマグカップがゴトリと音をたてた。
で、どうしてこうなった?
下着姿で手にした純白のナース服を睨んだ。
シャワーを浴びてベッドでごろごろしていた私に、お風呂上がりの銀ちゃんが
満面の笑みを浮かべて手渡してきたコレ。
出来る限りの嫌な顔をしたはずだったけれど、無理矢理脱衣所にコレと一緒に押し込まれてしまった。
ナース服と睨めっこしていたってしょうがない。
しょうがなく、袖を通そうとすると脱衣所の外から声が聞こえる。
「まーだー?」
「は?そんなに我慢できないの?何、銀ちゃん早漏?」
「ばッ!ちげーだろ!そんなんちゃんが一番よく知って」
「馬鹿なこと言ってるとコレ引き裂くよ。」
「すいませーん…。」
こんな趣味があったとは。いや、こんな趣味「も」か。
銀ちゃんのこんな趣味に付き合ってあげるなんて、私はなんて優しい彼女なんだろう。
そんなことを思いながらナース服に頭を通すと、フワリと人工的な花の香りがした。
おや?
鼻を近づけて、もう一度深く吸い込んでみた。
おやおや?
これは間違いなく銀ちゃんが使う洗濯洗剤ダウ○ーの香り。
彼は新品で買った服を一度洗ってから使うような、そんな繊細な精神を持ち合わせてはいないはずだ。
鏡の中の私は、意外と似合っているナース姿でしかめっ面。
「ねー銀ちゃん?」
「なんだー?着れないなら手伝う」
「これ新品ー?」
「…も、勿論。」
黒決定。
「アレレー?この服、お洗濯した匂いがするよー?」
「コラ、大人の都合があるんだからコナ○くんの真似するんじゃありません…」
「新品にしては、馴染むんだけど?」
「それは…」
「お?裾んとこにシミが…?」
「や、あの…なんていうか…アレです、アレ。」
ナース服を脱ぎ捨て、ガラリと脱衣所の引き戸を開けると、引き攣った銀ちゃんの顔。
思いっきり飛びつくと、彼は驚いたようだが、しっかりと受け止めてくれた。
勢いそのままに合わせた唇は薄くて温かい。
舌を引きこんで十分に味わった後、離れる瞬間に下唇を強めに噛んでやる。
「って…」
「前の彼女に着せたの、私に着せようとしたんだ?」
鼻先がぶつかりそうなほど近く。上から覗き込んだ銀ちゃんの赤い瞳は泳いでいる。
その赤い瞳に映る私は微笑んでいる。
なんて楽しそうな顔をしているのかしら、私。
なんてことはない。
部屋を片付けたのは、コレを見つけるついでだったっていうことだ。
でもね、そんなの、許さないんだから。
「元彼の煙草、吸いさしが家にあるんだけど…銀ちゃんいる?」
耳元で囁くと背中に回る彼の腕に力がこもった。
「いらねー…です。」
オフル
「新しいの買ったら着てあげてもいいよ?」
「なんでもいいんですか!?メイドでもいいんですか!?」
「んー、私ボンテージのが似合うと…」
「はい却下ー却下ですー。」