「ごめんくださーい。」
日も暮れ、夕食を僕と銀さんと神楽ちゃんで食べ終えた。
片付けも終え、そろそろ家に帰ろうかという頃に突然の来客。
知らない、綺麗な人だった。
「む、誰?銀時いる?」
「え、ええ。」
振り向こうとした丁度その時、居間から呼ぼうとしたその人がやってきた。
「おい新八どーした…ってじゃねぇか。」
「よ。」
気だるそうに片手を上げると、その人はそのまま靴を脱ぎ捨て、なかに入ってしまった。
どうやら銀さんの知り合いらしい。
「どーした?」
「上物が入ったからご一緒に晩酌でもと思ってー。」
そして、どうやら飲み友達らしい。
「新八ー。のーみーなーよー。」
「いえ、僕は…。」
そして酒癖は良い…とは思えない。
神楽ちゃんは時間が時間なので、ソファで食べ散らかしたままご就寝。
僕は何故かさんの隣に座らされ、執拗に酒を勧められるという憂き目に合っている。
そして、何故か銀さんは向かいのソファで泣いている。
「あれ?聞いてる!?」
「聞いてる聞いてる〜」
特に聞く気がないらしいさんは自分の氷入りのグラスを満足げに眺めているだけ。
お酒がおいしかったのか、いつもよりペースが早かったらしい銀さんは今日は泣き上戸。
「俺そろそろ彼女欲しいよ…」
「だーいじょうぶ銀時、お前には立派な右手があるじゃないか。」
「いや、確かに右手は大事な友達だよ?だけどさァ…」
ソロは飽きたとかなんとか言っている銀さんを無視して、隣をみると、ばっちりと目が合ってしまった。
「そーいえば、自己紹介してなかった?井上、新宿で万屋やってまーす。」
「は?」
はい、と渡された名刺には確かに『万屋』と書いてある。
「さんも万屋なんですか?」
「そ、だから君たちとは同業者ってとこ。ま、そのよしみでソレとも友達になったの。」
「ん?」
ソレ、と指さしたさきには酒で赤くなった我が万屋代表。
そっちに就職するべきだったぁぁぁぁぁ
「じゃ、じゃあさんのところにも従業員の方とかいらっしゃるんですか。」
「いるよー。また口うるさいのがいてね…」
と、その時玄関の方で人の気配がした。
『ほんとか陸丸!お嬢はここか!?』
「…あー…噂をすればってか。」
一気に眉間によった皺をそのままに、さんはゆらりと立ち上がり、おいてあった銀さんの木刀を手に取った。
「ん?何してんだ。」
どうやら銀さんは玄関の気配に気づいていないよう。
「あの…さん?」
「ちーっと黙っててね。集中力切れちゃうから。」
そして、彼女が半身をとって構えた瞬間、玄関が開く音と共に、黒い塊が居間に飛び込んできた。
「あぁっ!陸丸!!!」
「わんっ!!」
見知らぬ声に被るように定春が大きく吠える。
彼女は大きく踏み込むと、思い切り木刀をなぎ払った。
「ふぎゃっ!」
向かってきた方向とは関係なしに宙に舞う黒い塊。
さらに、今度は木刀を槍を投げるように構え、そしてそのまま槍と同じように玄関に放った。
「がっ!!」
「うそぉ!?」
木刀が固いものにあたり何かが倒れ伏す音と、不幸なことに黒い塊の落ちる真下にいた銀さんがつぶれる音はほとんど同時した気がする。
さんは満足そうに玄関を見遣ると、今度は銀さんに向き直った。
パンっと一度手を叩くと、銀さんの上に倒れていたそれは勢い良く床に降り立つ。
「陸丸、お座り。」
背筋を伸ばし、飼い主を見上げるその様は、良く訓練された警察犬のようだったが
「黒豹?」
「違うー。陸丸は猫ー。」
「いや、どうみても猫には見えないんすけど。つーか、何、さっきのバトル。」
「練磨の為には部下と上官は反目し合って然るべしって、砕蜂隊長言ってたし。」
あぁ、この人もジャンプユーザーですか。そうですか。
「いってぇ…。」
起き上った銀さんの顔にはくっきりと引っかき傷ができていた。
「大丈夫ですか、銀さん。」
「あー悪いな銀時。」
「別にいいけどよ。しかし、お前のとこも賑やかだな。」
「まー…っ」
「お嬢〜っめぎゃっっ!」
こちらから目を離さず裏拳を炸裂させるさんに寒気を覚えた。
「あんたんとこには負け…てもないか。」
そういって見下ろすのは顔面に一発入れて床に沈めた男。
さんは戸惑うことなくその首根っこを掴む。
「ちょーっと躾が足りないみたいだから、事務所戻るわー。」
「おー。ほどほどにしとけよー。」
「陸丸。」
彼女が呼ぶと、その大きすぎる黒猫も素直に後に続いた。
…躾っていうのは陸丸に対してかな?それとも目を回しているあの人に対してかな?
若干青ざめながら銀さんを見上げる。
「…おめぇコッチで働いててよかっただろ?」
悔しいけれど、今回は素直に認めよう。
めちゃくちゃになった居間を振り返り、そんなことを思った。
これが、新宿の万屋との初めての出会いだった。