出会いは、夏の盛り









「ねえねえ、あんたが高杉晋助?」

「あ?」

「殺してみてもいい?」








出会って3秒で、俺は気まぐれに殺されかけた。







「…なんだてめえ。」

斬った感触の残る腕から力を抜く。
そいつは、裂傷の出来た自分の腕をまじまじと見つめていた。

「うわあ。斬れてる。」

「クク…自分斬られてそんな嬉しそうな顔するかよ。」

驚きと、喜びに輝く顔を見て、その正体に気付く。

「お前、夜兎か。」

「うん。神威の部下の。」




「よろしくね。」



差し出された血まみれの右手を、握り返す気にはならなかった。























「あ、高杉だ。」

「お前なあ、人のことはせめて役職名で呼べっていったろう。」


阿武兎の馬鹿でかい図体にほぼ隠れて見えないが、がこちらに向かって手を振っている。


「ねえねえ高杉、殺「せるもんならな。…やってみろ。」

紫煙を呆けた顔に向かって吐き出すと、その向こうでがにやりと笑った。

「さっすが高杉。ゾクゾクしちゃう。」

目にも止まらぬ速さで空中に飛び出た女の目は、急に鋭い光を灯す。
だが、そのマントを阿武兎がしっかりと掴んだ。

「ぐっ!?」

結果、絞めつけられた首から人形のように四肢が阿武兎のもとに戻る。

「駄目だってんだろ。団長に殺されてえのかお前は。」

「えー…だって高杉ってば夜兎じゃないのに強いのよ?殺してみたくない?」


「殺してみたら」そりゃ死ぬだろうよ。

目の前の女は性懲りもなく俺を殺しに来る。何度もやってくる。


「だーから、団長に殺されるぞって。」

「あーやだ。神威みたいなのは楽しくない。無理。やだ。」

マントを離され、ひらりと地面に着地したは、埃を払いながら答えた。

「誰がてめえの都合の話をしてるよ!!!!?」

「だって、高杉は夜兎じゃないし、阿武兎みたいに体大きくないし強いんだよ?団長より小さいのに団長と戦えちゃうんだよ?」






喚き続ける2人を背に、俺は歩き出した。

「…身長は同じくらいだ。」























「あ、高杉だ。」

いつもと変わらぬ声色で、いつもと変わらず手を振る
しかし、辺りは血の海で、反対の手には死体の首根っこを掴んでいた。

「…仕事か。」

「うん。どっかのスパイが入り込んでたみたいでー。」

転がった数体の死体を越えて近付く。
戦場の匂いに捕われた。




「あれ、どうしたの高杉。」

血が、地球の人間と変わらぬ赤い血が刀を伝って手を汚す。
けれどは、首に刀が当たっていることも、血を流していることも全く意に介す様子はない。


ただまっすぐ、硝子玉のような瞳で俺を見る。


「!殺し合いたくなっちゃった!?いいよ!?いいよ!!」

「違ぇよ。」

はしゃぎ始めたを尻目に刀を鞘に戻すと、は不満そうに足元にあった死体を蹴った。
びしゃりと、湿った音が響く。

「こいつらつまんなくてさー。なっさけない顔して死んでくのよね。」

ご丁寧に足で転がして俺に向けられた顔は血に汚れて表情は読み取れなかった。

「でも、」

が顔を上げる。
またびしゃりと、湿った音がした。

「高杉はどんな顔するのか、楽しみ。」

不釣り合いな満面の笑み。
その首に出来た真新しい裂傷に指を入れると、少し痛むのか眉が寄る。

味も変わらぬ、鉄の味だった。

「出来るもんなら、やってみやがれ。」

















「あ「あ、じゃねえだろ。何してやがる。」

いつもよりも近い場所にあるの顔。

「えーと…夜這い?」

上体を起こして窓の外を見れば、なるほど夜中だ。

「闇討ち、の間違いじゃねーのか?」

覚醒する直前にされていたように、今度は俺がの首を片手で掴む。
すると、は擽ったそうに首を振った。

「違うわよ。そーいえば、寝てる時の顔って、死に顔と近いのかなって思ったら高杉の寝顔見たくなっちゃって。
でも、寝顔見てるだけじゃなんか物足りなくて、気が付いたら手が勝手に。」

「要するに闇討ちじゃねえか。」

そのまま片手で突き放すと、ころりと後ろに回った。

「あ!じゃあ、今日はもう殺さないから一緒に呑もうよ。」

「…持ってこい。」



久々の星見酒。
隣のは、意外にも大人しくちびちびと酒を呑んでいる。
空を見上げる硝子玉に小さな星が映り込んでいた。

「ねー、高杉はどんな顔で死にたい?」

「あ?」

問い返すが、2度言う気はないらしい。
は微動だにしなかった。

「そもそも興味がねーよ。」

自分の死に顔なんて、どうでもいい。
それが本音だ。

「そっか。でもきっと、高杉の死に顔は奇麗だわ。」

滑り落ちた杯は音も立てず畳に酒染みを広げる。

「だから見たいんだけど。」

首を絞められながら呑む酒は、いつもよりもきつく感じた。

「離せ。酒が呑みにくい。」

名残惜しそうに、腕が離れていく。

「あ、でも寝顔は可愛かっ「黙れ」


















そして再び、夏







「高杉ーーーーーー!誕生日おめでとうっ!!」

振り下ろされたその腕を避けると、勢い余ったはそのまま壁に突っ込んだ。

「…痛い。」

「だろうな。」

半壊した壁を横目に紫煙を吐く。
で、こいつは何と言ったか?

「お誕生日おめでとう高杉!!」

「10日前に終わっているが。」

地球なら日暮が鳴き始めている時分に、こいつは何を言っている。

「私が知ったのは今日なの。」

「…そうか。」

「で、お誕生日様な高杉に、高杉の首をプレゼントしようかと。」

1年もよく懲りずに、殺しにくるもんだ。
仕方なく刀を構えるとの顔が輝いた。





「てめーが喜んじゃねーか。」









気まぐれに殺されかけてからはや1年。
相も変わらず殺しに来る女。
最早、楽しくないと言ったら嘘になるこの関係。




















1年もよく飽きずに、殺されかけるもんだ。