私は逃げている
何から?
そりゃもういろんなものから、だ。
Wantyou!!
「ハッハッハッ…」
風を切る音と自分の喉が掠れる音しか聞こえない。
他より何倍も良い私の耳は、恐らく追っ手の音を捕らえようと後ろに向けられているはずだ。
岩場を一飛びで越え、大木の下に身を潜める。
心臓が五月蝿い。
文字通り耳を立てても辺りに不審な音はなし。
漸く安心して息を吐き出した。
大体どうして猫族の低級魔である自分があんなにクセのある奴らに追われねばならないのか。
は埃っぽくなってしまった体をブルリと震わせた。
黒の耳と尾から土埃が巻き上がるのを見て溜め息をつく。
「溜め息ばっかついてっと幸せ逃げやすぜィ。」
「ひっ!?」
一番聞きたくない声に肩が跳ねる。
振り返らず転がるように間合いを取ると、自分の頭上でヒュンと風を切る音がした。
「往生際が悪いぞ。ちゃん。」
「別に悪いようにはしねぇさ。」
「いや。悪いだろ。私今殺されかけてんだけど」
続けて聞こえた2つの声に自分の戦闘力の低さを呪う。
ゆらりと顔を上げると人間達が見たら腰をぬかしそうなほど豪華なメンツ。
背丈ほどもある鎌を担いだ栗色の髪をした死神。
爪の鋭い手をぶらりと垂らし瞳孔全開の狼男。
そして…
「ゴリラ?」
「俺だけ説明雑じゃないっ!?」
隅で泣き出したゴリラもとい近藤を無視し、自分を囲む二人とじりじりと間合いをとる。
「まったく何の用よ。」
「ちょっと俺の下で啼いてくれればいいんでさァ」
と死神もとい沖田。
「ちょっと満月ん時俺の巣にいてくれればいい。」
と狼男もとい土方。
「漢字が違うわ沖田。舌なめずりすんな土方。」
口喧嘩で飲まれることはないが、何分自分は逃げ専なもんで、こんな魔界きっての攻撃型魔物2匹相手に勝てる気はしない。
身の軽さを生かして沖田の鎌に飛びかかり、体重をかけると不安定な岩場で後ろに落ちてく体。
素早さでは勝てるが、こんな落下、彼には痛くも痒くもないだろう。
瞬時に振り向くが、そこはお互い野生動物。
土方の方が素早さは勝っていたようだ。羽交い締めにされてしまう。
「はーなーせーっ!」
じたばたと暴れるも、喉を擽られ、力がぬける。
「ふ…ぁっ」
「お前本当にココ好きだな。」
さらに耳のうしろまで擽られ、力はどんどん抜けていくばかり。
「は…なせっ!」
そのあいだも遠慮なしに手が体中を這う。
「んなこと言ってもお前良さそうだしなぁ…」
そう言って奴が掴んだのはよりにもよって尻尾で。
掴まれた瞬間全身の毛穴が開いたような気がした。
「ひやぁっ!?」
思わず口をついた高い鳴き声に気を良くしたのか、手は更に無遠慮になっていく。
しかし、彼は知らない。猫族の尻尾の使い方を。
「どーした、震えてんぞ?」
「ふっ…」
「ふ?」
「ふざけんなこの万年発情期野郎共ぉぉぉぉっ」
「ぃ゛っっっってぇぇぇっちょ、たんま!指おれるぅぅぅっ」
猫族 能力:尻尾で3個のリンゴを潰す程度の能力
「よっこいせっと。アレ?どうしたんですかィ土方さん。尻尾プルプルしてますぜィ。」
「……うるせぇ。」
「に゛やぁあぁああ…」
(最悪。最悪だ。あんな痴態をよりにもよって奴に曝すなんてぇぇぇっ)
は半べそをかきながら森から街へぬける川を飛び越えた。
眼前に広がるのは赤い月に照らされた廃虚、廃虚、廃虚。
魔界で最も栄える街。
背中を丸めてとぼとぼと街を歩いたは崩れかけの見知った看板を見つけると、その階段を下りていく。
建て付けの悪いドアを蹴るとベルが五月蝿く鳴った。
「もちっと丁寧に扱っておくれよ。」
「ドア治セ。コノ雌ネコ。」
「黙れキャサリン。それ悪口でなく単なる事実だからな。」
薄暗い店内には人影が2つ。
呪術師のお登瀬と見習い魔女のキャサリン。お登瀬の使い魔であるタマはお使いだろうか。
店内に客がいないのをいいことに、カウンターに飛びついた。
「おーとーせーさーんっ」
「また追われてたのかい?」
お登瀬が出したグラスを一気に呷り突っ伏す。火照った顔に冷たいカウンターが心地良い。
「いっつもいっつも何で私が追われなきゃなんないのよ…」
「…何でだろうねぇ」
慣れた様子で吐き出される白煙を何の気なしに下から眺めていると、再び店のドアが音を立てた。
「げ。」
「邪魔するぞ…おぉ!ではないか!」
「…」
来た。
来てしまった。
魔界で1、2を争う面倒くさい連中が。
悪魔の桂と夢魔の高杉。
大して仲良くないこいつらが一緒にいるということは、だ。
「白々しい。共同戦線でも張ったんでしょ…。今度は誰たぶらかしたの、高杉。」
飛び乗ったカウンターで身構える。この際お登瀬に怒られても仕方がない。
高杉の笑いが耳障りだと言わんばかりに耳がパタパタと鳴る。
「…猫だ。」
「んなっ!?」
夢魔は普通人間を喰うものだが、この高杉という夢魔は高い魔力のためか、はたまた性欲のためか、他の魔族さらには同種までも獲物にしてしまう。
そして、自分に必要な情報からものまで全てを手に入れる男だ。
「最近屋敷が猫だらけでなぁ…」
桂が溜め息をつくと、横で高杉がニヤリと笑った。
「あんたまた私の友達喰ったわね!?」
勿論性的な意味で、だ。
桂、高杉がの行く先々に現れるのは、の友人達から情報がだだ漏れである他ない。
大方、財力の有り余っている桂が場所の提供でもしているのだろう。
最近妙に友達が見当たらないし、見つけても幸せオーラしか出さないはずだ。
「お前も私達と一緒に暮らすといい。」
いつの間にか桂に横をとられ、跳ぼうとするも目の前で高杉が構えている。
がやばいと思った時にはもう遅く、包帯を解いた彼の両目をもろに見てしまう。
薄い唇が弧を描く。
「来い。」
先程、土方に撫で回された時以上に、確実に力が抜ける。それと同時に全身が熱を帯びるから質が悪い。
「…うっ…。」
熱い。熱い。
その上この熱は高杉にしか取れないと思えてくる。
喉を擽られ、耳元に高杉の顔が近づく。
「、来い。」
最後の理性も持って行かれそうになったその時、魔術用の小瓶が割れる音が背後でする。
は後先考えず、最後の力で後ろに倒れ込んだ。
「ババァ…何しやがる。」
高杉が睨む先に既にはいない。素知らぬ顔で煙草をふかすお登瀬がいるだけだ。
「…転移魔法の練習してたらあの子が落ちてきただけさ。」
を探しに背を向ける2人にお登瀬が呟く。
(今日はもうやだ。厄日だ。そうだ厄除けに行こう。もうやだ。)
高杉の術とお登瀬の転移魔法を連続して受けてしまい、未だ混乱する頭を抱えてはまた廃墟の上を縫うように飛び回っていた。
背後の羽音は気にしない。
なんかバッサバッサいってるけど気にしない。
は徐々にスピードを上げていく。
「ぉいぃぃいっなぁ無視!?酷くない!?」
気にしない。
「…あ、桂だ。おーぃふがあっ。」
銀髪をむんずとばかりにひっつかみ、足元に叩きつける。
ごりっと音がしたが気にしない。
しかし、辺りを伺っても桂の気配はない。
眉根を寄せると、相手の頭を押さえていた右手がいとも簡単に払われた。
「うっそー。」
あっという間に組み敷かれ、眼前には赤い瞳。
翼を畳んだ吸血鬼の坂田。
「…もうやだ。もーーっやだっっ!」
暴れると、坂田は楽しそうに口を開く。
「まーたあいつらに追われたの?」
「現在進行形よっ!!」
睨むがどこ吹く風。
「俺のとこにくればいいのに。」
「奇遇ね。さっきも同じことを言われたわ。」
声を荒げてもどこ吹く風。
「そんなにカッカッすんなよ。」
噛む場所を確かめるように指がの首を滑る。
「っ」
(今日は何回変人に喉を擽られればいいんだ。)
「ま、取り敢えず。いっただきまーす。」
「ってさせるかぁあっ!」
下りてきた顔目掛けての牙が煌めく。
「ってぇえぇぇぇっ!」
坂田が飛び上がった隙にその下から大きく退いた。
「ばっ!軟骨噛む子がいますか!ピアス空いちゃうでしょうっ!!」
どうやら耳を思い切り噛んだらしい。
「千切られなかっただけいいと思いなさいよ。」
十分に間合いをとって身構える。
坂田は耳を押さえては手についた血を舐めとっているようだ。
常にそんな風に自己生産すればいいのに、と思う。
今日これまで会った男のうち、こいつが一番読めない。
「俺に血ぃ吸われるとすごい気持ちいいのにー。」
赤い瞳と血で赤くなった唇でにやりと笑う。
一瞬ゾクリとした。
まだ高杉の術が少し残っているらしい。
「だったら自分で自分の血吸ってればいいじゃない。」
動揺を悟られぬよう、平然と答える。
「なんでんな自分慰めるみてーなことしなきゃなんだよ。自慰じゃねーか。自慰。」
「2回も言うな。」
お互いに目を離さず、軽口を叩きながらも少しずつ間合いを測る。
はより離れようと。坂田は近づこうと。
奴には翼がある。
簡単には逃げられない。
どうする?どうするおれっ!?
「楽しそうなことしてるじゃないですかぃ。」
「…っ!」
すっかり意識を坂田に集中していたため、周りの気配に全く気付かなかった。
後ろから伸びてきた腕がを抱え込む。
術を使ったのか体が動かない。
しかし、次の瞬間には声もあげずに沖田の体が消えていく。
「勝手に触らんでもらえるか?ウチのに。」
支えを失くし、バランスを崩したの体は桂の方へぐらりと傾いた。
「誰がお前の…だ…。」
沖田が離れ主導権を取り戻した自身の体に鞭打って桂を突き飛ばす。
その反動で自ら空中に出てしまった。
この高さは、ヤバイ。
目の端にほぼ取っ組み合いをしている土方と高杉を捕えた。
何処までもハタ迷惑な連中だ。
そうだ、罰として全員禿げてしまえ。
後でお登瀬さんに呪術を教わろう。
うん、そうしよう。
まっさかさまに落ちる途中でそんなことを考えた。
この高さじゃとてもじゃないが安全な受け身は取れない。
(骨何本かで済めばいいなぁ)
「っぶね。」
途端に黒に包まれる視界
衝撃がないのはきっと奴が速度を合わせて抱え込んだからだろう。
急上昇する中でちらりと見ると、地面からさほど距離はなかった。
「…いいわね、翼。便利で。」
「でっしょー?俺と子作りしたら翼持った猫耳娘生まれる…」
「キャサリンに頼みなさい。」
「ばっ、あれは呪いがえしの跡かなんかだろ。おっそろしいこと言うなよ。」
馬鹿なやり取りをしていると、徐々に遠くなるハタ迷惑な連中。
口々に何か叫んでいるが風の音で聞こえない。
「…おい、何処行く気だ。」
「アイツらん中に戻した方がいいのか?」
「それは困るけど…」
「じゃぁこのままおれの家までごしょうたーいっ!」
「はなせぇぇぇっ!!!!!!!!」
何がどうして私が狙われるのよ
「…げ。死霊と兎の匂いがする。」
「ザキと神威か。チッあいつら…邪魔すんなよなぁ。」
(誰か私に穏やかな日常ください!!)
want you!!