夕日に、背中が影をおとした。
クレナイ 1
「銀さん、僕帰りますよ。」
返事が返ってこないことは知っていた。
けれど声をかけずにはいられないのだ。
遠い昔に思いを馳せているのであろう雇い主に。
新八の上司である坂田銀時は時々、何を話しても無反応になることがある。
そんな時は新八も、もう一人の従業員である神楽もそっとしておくことにしている。
彼の昔。それは白夜叉と呼ばれた日々のこと。
幼かった自分が周りの変化に訳も分からず驚き、おののいて泣き出していたとき、銀時はきっと、戦っていたのだろう。
目の前の敵、そして目に見えない敵と。
それがどんな戦いだったのか、何のために銀時が戦ったのか。新八には知る術がない。
とは言っても無理に知るつもりもないのだが。
それでもなんだか切なくて、彼は溜め息をついてから歌舞伎町を歩き出した。
「だいじょぶかな、銀さん。」
紅
俺を染め上げた色
紅
俺を救った色
時を同じくして二人の男もそれぞれの思いを抱え、夕日に過去を見ていた。
「なぁエリザベスよ。美しい夕日じゃないか。」
隣に腰を下ろす白い相方はコクンと首を縦に振った。
「…夕日のな、似合う奴がおったのだ。それはそれは美しい女子でなぁ…。…中身は私たちの中で一番男らしかったが。」
少し、嬉しそうに語る桂の横顔をエリザベスは見ている。
何度も聞いた話だ。
そして必ず、この話をしたあと暫く、桂は口を閉ざし、夕日を見つめる。
それは少し、悲しそうな顔で。
そんな時エリザベスは何も言わず、隣で夕日見つめることしかできなくなる。
また、晋助様が夕日を見ていらっしゃる。
もともと、景色を見ながら物思いにふけることの多い高杉だが、
最近、それが夕日の頃に顕著になったようにまた子は感じていた。
そう、それは、対戦艦用機械機動兵器紅桜を作り始めた時から
ガン、と鈍い音が小さく響く。左拳にほのかに痛みが宿った。
私は越えられない。「彼女」を。
あまりの悔しさに、一度、高杉に問うたことがあった。
「私は彼女よりは役に立てているのでしょうか」と。
我ながら、馬鹿なことをしたものだと思う。
彼は一言「くだらねぇ」と言った。
それは、また子にとっては劣等感を増長させるだけの結果だった。
元来、部下の心など、特に興味も何もない男だ。
部下の取るに足らない妄言など、普段なら口を開くこともしない。
その男が口を開いてまた子の言葉を否定した。
ショックだった。
届かない、きっとこれからも届きはしない。
それでも
「越えてやる、紅玉の鬼」
赤い弾丸は、一人心に強く誓った。
玄関の引き戸が閉まる音で我に返る。
新八が帰ったのだろう。
今日は神楽も志村家で泊まりということで銀時は一人きりだ。
夕日をみると思い出す。
忘れることなどできるはずもない二つの紅。
忌み嫌った血の紅と恋い焦がれた彼女の紅
何よりも紅の似合う女だった。
返り血を浴びても美しい彼女。
夕日も劣る眩しい紅。
「会いてーよー…ちゃーん」
一人突っ伏して呟くが、ガランとした部屋に声は消えた。
「紅いの、似合うなお前。」
そう言うと、彼女は返り血を手のひらで拭いながら銀時を睨んだ。
「…気色悪いこと言うな。」
共に過ごした、懐かしき日々。