変わったのは彼らか世界か
紅
「はぁ…」
万屋の主人である銀時は我が家に戻ってから何度目かも分からないため息をついた。
恐怖の療養生活(当初の予定から大幅に長引いた)を終え、住み慣れたオフィス兼自宅に戻ってきたのが一週間前。
しかし、彼の表情は冴えない。それというのも…
(連絡くらいくれたっていいじゃねぇかよ…)
別に連絡をくれ、と約束をしたわけではない。
しかし、仮にも数年越しの再会だったのだ。少しくらい、昔の話などして盛り上がってもいいのではなかろうか。
聞きたいことはたくさんある。
でも恐らく、例え会えたとしても、自分が聞けることなんてたかが知れてる。
自分のヘタレ具合に腹が立つ。
幼い頃、高杉の隣で笑う彼女をみて、恋にすることさえ諦めた感情がまだ少し、残っている気さえする。
頬に当たる机の冷たさが心地良い。
答えのない難問に、この稚拙な頭で挑むほうがアホらしい。
もうこのまま寝てしまおうか。
「ちょっと銀さん!お客さん来てるんですからシャンとしてください。」
「るせー。俺は今迷子なんだよ。心という名の巨大迷路に捕らわれてんだよ。」
実際、客が来てることすら気づかないほど、自分の考えに没頭していたらしい。
しかし、客の顔を見る気すら起きない。
「あんたは毎日世間という名の迷路で迷子だよ。」
あぁ…新八のツッコミすら、今は心を抉る。
「すいません。なんかこないだからずーっとこの調子で。」
新八が恐らく客に向かって謝っている。
悪いがとてもじゃないが仕事する気分じゃあない。
とっととお引き取り願いたい。
が、
「いや、いい。私もいきなり来てしまったから…。出直して来るわ。」
ん?
「えーっ。帰っちゃうアルカ!?」
んんっ!?
「銀時がこの状態じゃしょうがないし…」
ぇ…えっ!?
「っっ!?」
勢い良く立ち上がると、見慣れたソファーに座り、新八の煎れたであろうお茶を静かに啜る彼女の姿が。
「なんだ?」
先程までの宛もない思考は何処へやら。
飛びつこうとした俺が思い切りたたき落とされたことは言うまでもない。
「で、依頼なんですよね?」
新八が問うと頬の腫れ上がった銀時をみつめたままが頷いた。
「最近周りをうろちょろと嗅ぎ回られてるからどうにかしてほしいなと…」
銀時が眉を顰める。
こないだの高杉との一件が頭を過ぎったのだ。
「それ…高…」
言い切らなくて本当に良かったと思う。
突如、騒がしい音を立てて開けられた玄関。
足音を響かせて居間に入ってくる黒尽くめの男達。
「真選組だ!御用改めである!!」
がちっと、舌打ちをするのが聞こえ、銀時は振り返る。
「もしかしなくても…こいつら?」
が再び無言で頷く。
とてつもなく嫌な顔をしている。
「ちょっとちょっと…いきなり家に入ってきてなんなの。不法侵入じゃない?お巡りさーん」
「俺らがそうだろうが。」
ズラリと並んだ男達の中央が分かれ、姿を現したのはに鋭い目を向ける土方と栗色の髪の好青年。
「えぇっ!土方さんって警察だったんですかぃ?そいつは驚きでさぁ。」
「総悟…てめ黙っとけ。」
他の男達に比べ、明らかに歳が若いが、彼も立派な隊士の一人。一番隊隊長沖田総悟だ。
今にも掴み掛かりそうな土方を無視し、銀時と話し込む。
「すいやせんねぃ、旦那。」
「うちに何の用ですかー。」
「そちらさんに用があるみたいなんでさぁ」
視線の先には勿論。
全く彼らの方を見ず、いつの間にか手懐けたらしい定春の耳に手をのばしている。
「その女に昨年の大規模テロ関与の疑いがかかってる。屯所までご同行願おうか。」
土方の凄んだ声に怯むこともなく、横目でチラリと彼らをみたが漸く口を開いた。
「めんどくさいので、いやです。」
土方は青筋をたて、沖田は吹き出した。
どうやら彼も、のことを自分とは気の合う人間だと認識したらしい。
「だめアル!こいつらのとこなんて行ったらマヨ臭いサドゴリラになってしまうネ。」
それまで新八と事の成り行きを見守っていた神楽が、の腕にひっつく。
「マヨ臭い…?」
自分の考える真選組を説明する神楽と難解な話を理解しようとするを守るように、銀時が前にでた。
「つーわけだし…お宅ら帰ってくれない?」
「そうはいくかよ。」
土方がそう言うと、隊士達が一斉に刀に手をかける。
抜刀はしていないものの、いつでも斬れる状態だ。
傍観を決め込む沖田を除いてだが。
多数の刀の柄が鳴る物騒な音に銀時は眉を顰める。
どうしたもんかと考えあぐねていると、背後で空気が動いた。
「そう簡単にそんな物騒なモンに手かけるもんじゃないわよ。」
心底呆れたように呟く。
「俺達にはこれしかないんでね。」
土方の言葉が何処か言い訳じみてしまうのは、の言葉に何かを悟ったような響きがあるからか。
沈黙
お互いの瞳を探り合うように睨み合う土方とだが、先にそらしたのはだった。
溜め息が一つ、彼女の口から零れる。
「分かった。行くわ。つっても本当に何も出てこないわよ?」
その言葉に、土方を初めとする真選組は刀から手を離し、一斉に動き出す。
一方、万屋メンバーは一斉に抗議を始めた。
「ちょっ…本気か!」
「だめアル!が汚れるネ」
「やめた方がいいですよ!」
しかし、彼らは聞く耳持たず、いつの間にかの両脇はがたいの良い男に固められていた。
と言っても、は当事者のはずなのに我関せずで、最後に振り返った彼女は、笑みさえ浮かべていた。
「あ、ねぇ銀時。私身元引受人いないから迎え来て。」
止まった歯車に手をかけたのは自分自身。
再び動き出した私の周り。
何かもが嵐のように、訪れては過ぎ去っていくのだろう。
良しとするか否か、決めるにはまだまだ早すぎる。