「で、高杉との関係は?」


「元彼」







彼女の言葉に、危うく煙草を落としそうになった。

















「このテロ事件一年前の事件でしょ?この頃私もうアイツと別れてるわ。」


見せられた新聞記事をヒラヒラとさせながらがそう言うと、土方の眉間にの皺がさらに深くなる。


は先程から土方の小さな表情の変化を見て楽しんでいた。




男は女の嘘は決して見破れないというが、本当にその通り。



一体何が本当で、どれが嘘なのか。

ずるずると迷路に引きずり込まれるような感覚に、土方は必死で抗っていた。







「証拠が無ぇ。」


「居たという証拠もないけどね。」


胡散臭い笑みに思わず溜め息がでる。



どうしてか…疑う気を削がれていく。

それはあの白髪頭が持つ掴みどころのない雰囲気を目の前の女も持っているせいか。

その時、丁度取調室のドアがノックされ、若い隊士が顔をのぞかせた。

「埒が明かねぇ…飯にすんぞ。」




机に置かれた二つのどんぶりを見て、はガッツポーズをした。

「やった!かつ丼っ。いっただきまー…」











「スイマセーン。ゴリラ居ますか…?」

「申し訳ありませんが、うちにゴリラはおりません。」


一方その頃銀時は、を引き取るため真選組屯所の門前に立っていた。
面倒事が増えるので、子供たちは連れていない。


「折角新八に頼んであの女の写真貰ってきたのにな。」

銀時の言葉に門番の男は「は?」という顔をする。
が、

「それは本当かぁぁっ万屋!!」

突然頭上から響く声に顔を上げると、逆光の中、真選組局長 近藤勲その人が立っていた。




妙に静かな屯所内に、ペタペタと二つの足音が響く。

「本当だな!これ終わったらその写真くれんだなっ!?」

「そっちこそ本当に返せよ。」

何故こんなにも静かなのか。

その理由はすぐに分かった。
とある部屋の前、大量の隊士たちが壁に耳をつけているのだ。

勿論それは『取調室』

「なぁ、こんなんだから税金泥棒って言われるんじゃねぇの?」

「…」











「何これ。何の間違い?犬の餌?」

目の前のソレに、は青ざめた。

「犬の餌で合ってまさァ。」

「違ぇ。土方スペシャルだ。つーかなんでお前がココに居やがる。」


それを平然とかきこむ土方に、屯所に連れて来られてから初めて恐怖を感じる。

(ないわー)


「俺はこっちのおねぇさんと話したくてきたんでィ。死ね土方。」

目の前の驚愕の光景から顔を上げると、銀時の家でも会った好青年がたっていた。


「すいやせんねェ。こんなブタ飯。今処分しまさァ。…っチェストォォォっ!」

どんぶりは宙を舞い、派手な音を立てて窓の外へ。

なにしやがるっという土方をマルッと無視して、沖田総悟はに向かいなおった。

「なんでですかィ?」

突然向けられる疑問には眉をひそめる。

「何が?」

「なんで高杉と別れたんです?」

質問の意味を理解して、は大きく溜め息をついた。


「なに?真選組はそんな下世話なことまで聞くの?」

「個人的な興味でさァ。」


マヨ丼を食べ終わった土方も煙草に火をつけながら、の様子を伺う。

「俺も理由を聞きてえな。」




真正面から覗きこまれ、は視線を静かにそらす。

(苦手だ。この男の目。)







漆黒の鋭い瞳







どこか、似ているのだ。











「それ言ったら帰してくれるの?」

「テロの疑いが晴れない限りそれは無理だ。」

「…どーやったら晴らせんのよ…」


が割れたガラス窓に目を向けたその時、急に大きな音がして、反対側、廊下から大量の隊士達がなだれ込んできた。



さすがに目を白黒させる


しかし、隊士たちの一番上にのる銀髪にを見つけるとそれは微笑みに変わる。


「迎え来てくれたの?銀時。」

その声に顔を上げる銀時の頭からパラパラと壁やらドアやらの破片が落ちた。


「おう。帰んぞ、。」


山から起き上り、の手を取ろうとするが、土方に制止される。


「この女はまだ被疑者だ。勝手に帰すわけには…」


「…近藤さん…?」

意外な人の名を呟くに土方と銀時は驚いて停止。



まだを近藤とは引き合わせていないのだ。
それなのにどうして知っているのか?



「その声…ちゃんか!?」

がばっと顔を上げる近藤を見て、は嬉しそうにほほ笑んだ。

「やっぱり。ご無沙汰してます。」














「一年前のテロの被疑者ってちゃんなの?無理だよ。この娘そん時京都いたもん。」







近藤の一言で取り調べは終わってしまった。


一年前のテロは近藤が出張で京都に居る時に江戸で起こったテロで、
その時京都で近藤が通っていた飲み屋でバイトをしていたのがだったのだ。





事情を話す近藤の後ろで、舌を出す銀時とに土方は青筋を立てるが、悔しいことに何も言えない。





「でも真選組の局長さんだったんですね。全然そんな風に見えなーい。」

「あれ?誉められてる?貶されてる?ん?」

「ほら、ちゃん。帰りますよ〜。」

近藤に別れを告げ、銀時に着いていこうとしただが、
ハタと立ち止ると苦々しげにこちらを見つめていた土方に駆け寄った。




何やら耳打ちをすると、みるみる赤くなる土方。



「あっは。鬼副長さんはウブねぇ。じゃっ。」



銀時と共にいなくなる




「何言われたんですかィ?気持ち悪い顔でさァ。」

「うるせぇっ!!」



土方は腹いせに近くにいた山崎の頭を思い切り殴った。



「なんでっ!?」







『別れた理由はね、性の不一致よ。』




















帰り道




夕焼け





ふたりぼっち






はぼんやりと、紅に染まる銀髪を見ていた。









彼と別れた理由は、今となっては良く分からない。



自分が隣に居ても、駄目だと悟ったからだろうか。

私自身が嫌になってしまったのだろうか。

平凡に、憧れたのだろうか。





とにかく一年程前、私は何も告げずに晋助の前から姿をくらませた。






それははたから見ればただの『逃げ』だったかもしれない。

けれど立ち尽くすばかりだった私にとってはとても苦しく辛いもので。







自分なら、晋助を止められると思っていた。





自分なら、理解し、救うことができると思っていた。






なんて、傲慢な。






ただ自分が、晋助から離れてまともに暮らしていけるのか、不安だっただけだ。











(黒い感情は、一人では抱えきれなくて)











その時、急に前を歩いていた銀髪が振り向き、紅い双眸と目が合う。


少し驚いて、立ち止ってしまった。




「ん」



なんの音も、前触れもなく、差し出される右手。













どうして戸惑うことなどできるだろうか。









左手で握りしめた君の手が、やっぱり暖かかったのと、





その時横目で見たまだよく知らないこの街が夕暮れに沈む様を何故か愛しく感じたので、
















私は漸く一歩、踏み出した。























黒い刀は未だ抜き身のまま、世界に向かって突きつけられてる。



青い刀はまっすぐに、世界に向かって構えられている。



銀の刀は時たま、思い出したように眩しく光る。





紅い刀は?

















今もまだ、時々私の心は囚われる。



そして彼らもまだ、きっと。






















それでも、進んでいくの。






そしてそれは、思っていたよりも、悪いことではないようだ。






左手に温もりを感じながら、そんなことを思った。


























−オワリ−


そして、ハジマリへ。