気付けば目の前に、奥から戻ってきた久良がいた。















「いいのね?」





心の揺れを見透かしたように問う彼女には頷いた。







後悔はしない。




刀を手にしたときも


刀を捨てたときも



そして今、再び刀を取ろうとしているのも



全て自分の意志だ











久良に大事そうに抱えられたそれは真白の布に包まれている。







柄にもなく、緊張している自分に気づいた。





鼓動が煩い。




何の躊躇いもなく、久良は一気に布を剥ぐ。










長い、一瞬だった。









そしてそれは、持ち主の手から離れ長いこと時を止めていた刀の一瞬のざわめきのよう。




光を反射して鈍色を放つ黒い鞘。




受け取るとずしりと重い。




スラリと刀を抜く感覚にたまらなく心が震えた。





「久しぶり…紅桜。」





紅い刀身が薄闇に光った。
























雨、だった。

傷口に響くような、俺には優しすぎる雨。












「ねぇ、銀時…あんたがやられるなんて、相当なのね。」

目の前の男は目を覚まさない。それ程深く、眠っているということか。





ただ、眠っているのとは違う。
彼は全身に酷い傷を負っていた。


「久しぶりに会いに来てみれば…小太郎は行方知れずだし。」


は、涙さえ浮かべてはいなかったが、苦しげな顔をしている。


掛布から出ている銀時の右手がピクリと動いた。
それと同時に眉間にもシワがより、口が小さく動く。


」と。


勘違いでなければそう言った。銀時が起きたのかと、ぎょっとしたが、違うらしい。
再び穏やかに寝息を立て始めた。


寝言でも、嬉しかった。
彼が自分をまだ覚えていているという事実が。



それと同時に、決心がつく。




は静かに微笑むと、そっと、銀時の手をとった。



「あんたの手は、いつでもあったかいわね。」

冷たい、自分達の手とは違う。

「変わらない、あんたは。…変わらないでいてよ。銀時。」














ふと、目が覚めた。
それとほぼ同時に襖が開けられ、妙が顔を覗かせた。

「あら、目が覚めたんですね。銀さん。」


まだ、靄がかかっているような感覚だったが、
それでも必死に、言葉を紡ぐ。



「誰か…来てたか?」



妙は銀時の問いに不思議そうな顔をする。

「いえ?銀さんが運ばれてからは誰も。」


しかし、鼻孔に微かに残る花の香と手の平に残る冷たい感触。
これは、



…」




押し黙った銀時に妙は首を傾げた。











どうして今まで忘れていたのだろうか。




『ベニザクラ』






彼女の、の愛刀ではないか。












『これね、ベニザクラっていう曰くつきの刀なの。』

『なんでお前そんなの持ってんの?』

『巡り巡ってウチに来たみたい。でも、ぴったりでしょ?私と、この戦いに。』



そう言って焼け野原で笑った彼女は、心苦しくなるほど美しかった。