「私も…戦う。」


そう言った時の彼らの顔は、やはり予想通りだった。








紅 







「駄目だ。」

「あんたが決めることじゃない。」

間髪いれずに少し強い口調でが言うと、桂は顔をしかめた。

銀時は苦い顔で頭をかく。

そして高杉は無表情。

しかし、そんな高杉の眉間にほんの少し皺が寄ったのをは見逃さなかった。


彼は考えているのだ。
どうしたら彼女を止めることができるのか。

しかし、それが無駄に終わることも彼は良く分かっている。




「表に集まってるヤツラよりは戦力になるはず。」


表には居場所を奪われた大勢の侍たちが武器を手に、出陣の時を今か今かと待っている。

ここは戦場。

陣地と言うには拙すぎるこの捨てられた村を寝どこにして銀時たちは戦っていた。






名前もないこの戦い。

名前もない寄せ集めの軍隊。








母を連れて疎開していたが元の村に戻ると、そこはすでに焼の原だった。

そこから彼らを探し出すのにはとても苦労した。

探そうと思ったのは、ただ、彼らに会わなければいけない気がしたから。






最初から、戦う気だった訳ではない。





だけど。





「悪いけど、もう決めたんだ。」






焼け野原を歩いて。

真っ赤に燃える村を訪れて。

先生の墓を見て。


感じたのは悲しみではなく、胸が焼ける様な怒りだった。








だから、戦うことを決めた。










止められなかった。誰もかも。




彼女の、あんなに静かで激しい怒りと憎しみを見たのは初めてだったから。















そして戦場に、また新たな鬼神が生まれる。






「ヒッ…あれは…!!」

白き夜叉の隣で戦う紅い鬼。

「きた…白夜叉と紅玉がくるぞっっ!」

血に塗れたその姿。

「人間ごときにひるむなっゆけぇぇぇっ」

それは畏怖の感情さえ呼び起こす。



「いくよ、紅桜。」



彼女はいつしか『紅玉の鬼』と呼ばれるようになっていた。









「ねー、銀時。あんた自分がなんて呼ばれてるか知ってる?」

がそう問うと、銀時は閉じていた瞼をしぶしぶ開ける。

「…白夜叉。」

そこには小さくなりつつある焚火を一心に見つめる彼女がいた。

「私はね紅玉の鬼なんだって。」

それは知っていた。
戦場でただただ敵を狩る姿は美しく恐ろしく。
いつからか彼女はそう字がついていた。

「紅と白って、縁起がいいよね。」

「は?」

訳が分からない。

「おめでたい日の色じゃない?紅と白って。」

なにを言い出すのかと思えば。
銀時は起き上って溜め息をついた。

「ってオメェ…その紅って血じゃねぇか。」

すると彼女は膝に額をつけて丸くなってしまった。

「うん。そだね。」

泣いているのだろうか?

「血って乾くと黒くなるよね?」

確かめる勇気は、俺にはないのだけれど。

「そだな。」

一瞬、こびりついて離れない血の感触を思い出してしまい、銀時は知らずに拳を握り直す。

「そしたら…黒と白で葬式になっちゃうよね。」

碌に葬儀もできずに、死んでいく仲間たち。

…お前。」


「だから私は明日も、斬りまくるの。」





明日も、その次も、血を浴び続けるの。




次に顔を上げた時、はいつもの顔だった。


「というわけで銀時、明日もよろしく。」

昔から変わらない軽い口調でそう言って去っていくを、銀時は引き留められなかった。





そして次の日が、運命の日となる。




「今日は晋助と組むの?」

「アイツは後方だとよ。腕の怪我が完治してないのがヅラにばれたんだろあの馬鹿。」

「成程ね。本当阿呆。」

「ちょ、本人の前で馬鹿とか阿呆とか言わないでくれる!?」


自分たちの上にいた人間も戦いの中で数が減り、今では桂が人事の指揮を執るようになっていた。
もともと頭脳戦の得意な彼にはうってつけだと思う。


その日、銀時と桂は陣地守護に残り、高杉とが前線へと向かった。


「じゃ、行ってくるわ。」

そう言いながら振り向くと軽く右手を上げる高杉。

曇天の空から冷たい光の筋が差し込む荒れ野に彼らは馬を走らせる。


付かず離れず隣を走る様子はとても息が合っていて、銀時は少し嫉妬し、少し諦める。

そうしていつもの通りその光景を彼らが見えなくなるまで眺めていた。








まさか今日が、別れの日になるなんて思いもせず。






どうしてその時、一緒にいるのが自分ではなかったのだろうか。

紅い姫は白い夜叉ではなく黒い獣と往ってしまった。












その日の戦いは順調だった。









と言っても、と高杉が組んで負け戦になったことなど今まで一度もない。

お互いにどのように動けばお互いが優位になり、効率よく敵を減らせるか、なんとなく分かるのだ。



その日も順調に敵の数が減っているように思っていた。途中までは。




最初に異変に気付いたのは先陣をきる高杉率いる鬼兵隊を援護するように進んでいただった。




多すぎるのだ。敵の屍の数が。





無駄に戦力を使いすぎているとでも言おうか。

湯水のように兵士を捨てているとしか思えない。






何故奴らは退かない?










囮?









心拍数が徐々に上がる。









そういえば自分たちの陣地から離れすぎていないか?








内臓がせり上がってくるような焦燥感。





「伝令!晋助に一度退くように伝えろっ!!」





叫んだ声が、情けなく震えている?











そして、派手に響いた爆発音がそれらを肯定した。










振り向くと後方に見える山の一部が赤く燃えている。

間違うはずもない。





『コタロウトギントキガ居ル』





そして、囲い込むように向かってくる土煙。










奴らは今日、攘夷浪士を掃討する気なのだ。














戦力を二つに裂かれた。

あちらと連絡をとることは不可能。











「くそ野郎っ!!」



いつのまにか空は、小さな光すら差し込めないほど厚い雲に覆われていた。
























「…この数は反則なんじゃない?」


憎々しげに呟くの顔は返り血に染まっていた。


「下手な鉄砲数うちゃあたるとは良く言ったもんだな。」

それに同意する高杉も返り血まみれだ。




どれだけ時間が経ったか全く見当がつかない。
薄暗い荒野で何年も前から戦い続けているようなそんな錯覚に見舞われる。

と高杉は互いに互いを守るように戦いながら自分たちの陣地を目指していた。





数による掃討作戦は効果てきめんだったと見え、晋助率いる鬼兵隊も含め、攘夷側の兵力は半減、或いはそれ以上の損失。



陣地にいる兵士たちの安否も分からないまま。



聞こえてくるのはは金属同士がすれ合う音と仲間たちの倒れ伏す音ばかり。





まるで悪夢だと、思った。







だからと言って、自分が戦いを止めるわけにはいかない。


自分の存在がこちら側の兵士たちの戦意高揚になることは十分承知している。



だから



「目の前の敵を倒せ!それだけを考えて戦えっ!私たちが諦めたら誰が戦うのかっっ!!」


曇天に吠えるように声を張ると、数は少ないが確かな歓声が聞こえた。










勝たねばならない。


勝つ以外の選択肢なんてない。











それなのに。


確実に私の集中力は長時間に及ぶ戦闘の疲れで衰えていた。





いつもなら、気付かないはずがない。

近づく敵に気付けなかった。



っっ!!」



初めて聞くような、晋助の叫び声に振り返ったときにはもう遅すぎた。

生温かい血に濡れた刀が自分に向かって振り下ろされる。




(誰の…血なんだろう。)





刹那に思ったのはそんなこと。








しかし、来るはずの痛みはなく、代わりに思い切り突き飛ばされた。



見上げれば、見慣れた晋助の黒い羽織。

その向こうで私に刀を向けた敵が崩れ落ちる。


『さすが、晋助』

その言葉が音になることはなかった。








どうして、彼が血を流しているのだろうか。






それは






私を守ったから?










「晋助っっ!!」


彼に襲いかかろうとする者たちを狩る私の形相は、酷いものだっただろう。



晋助を振り返り見て、私は言葉を失った。




「……大丈夫だ。」


そんな訳がない。
顔の左半分を抑える彼の手からは溢れだす鮮血。






















あぁ、だから、本当は紅なんて嫌いよ。



























それから先は散々だった。


晋助を守りながら(彼はそれを嫌がったが)進む私も右腕が使えなくなり、残った数人の仲間と共に夜闇に乗じて身を隠した。

右腕の怪我は酷いもので、出血が止まらず段々と腕は冷たく、重くなっていくのに、体は焼き切れるかと思うほど熱くなる。





私は意識を失った。





最後に見たのは見たこともない彼の、泣きそうな顔。


っ!」


私を助けてくれた時の声と、重なった。











何よりも嫌だったのは、彼に守られてしまったという事実。

私のせいで、彼が左目を失ったという現実。








目が覚めた時、涙が出たのは失った右腕のせいではなく、彼が左目を失っていたから。















それからは、お互いの傷を癒すようにいつも傍らにいた。



お互いの傷を舐め合うようなその行為。



なんの意味もないと知りながら、続けていた。























けれど、それももう終わり。












分かれを、告げなくては。




彼女は紅桜を握りしめた。







向かったのは、空に浮かぶ船。