鈍く光る銀色が船に降り立った丁度その頃、もまたその場所に足を踏み入れていた。
「「宇宙一バカな侍だコノヤロー」」
Kurenai
は静かに船内を歩く。
戦っている連中の隙間を縫うように、目的に向かってゆっくりと、確実に。
それは血生臭い戦いの中、異様な様だった。
舞台に迷い込んだ観客のようにその背景とは相容れない。
しかし確実に、の紅桜は生暖かい血で重くなっていく。
彼女の通った跡には点々と赤い雫がのびていた。
「ここか…」
が足を踏み入れた場所。
ココに来た理由の一つ。
そこには赤光を放つ対戦艦用機械機動兵器紅桜がずらりと並べられていた。
のソレとは似て非なるもの。
黒い獣の為に作られた紅いレプリカ。
は静かに刀を正面に構えた。
軽やかな銃声が、絶え間なく鳴り響く。
「く…」
その頃、新八と神楽はまた子、武市両名に苦戦を強いられていた。
やはり経験値がものを言うのかとまた子の銃撃を受けながら神楽は下唇を噛む。
その時自分達がきた入り口の方から何人か大男が入ってきた。
全員が血塗れの武器をもっている。そして、その目は確実に自分と新八に向かっていた。
(…ヤバい)
自分はまだしも新八は多人数を相手にできる状況ではない。
一度退くべきか否か。
一瞬神楽の動きが止まり、また子はそれを見逃さなかった。
空中に放り出していた左腕に衝撃が走る。
後ろに反れた身体。
反射的に身体を丸め壁への衝突は避けたが、二の腕、掠り傷に血が滲む。
「ちっ…」
心臓が早鐘を打つ。
一歩遅ければ確実にやられていた。
傷がズキズキと痛む。
背中に軽い衝撃を受け、後ろを振り向くと新八が自分に背を預けるように立っていた。
「先輩!桂を追うっスよ。」
「待てっ!」
一歩踏み出した新八の肩が震える。
気づけば周りを武装した鬼兵隊に囲まれていた。
あっという間にまた子と武市の背中が見えなくなる。
が、今はそれどころではない。
神楽と新八を囲む輪はじりじりと小さくなる。
「くそっ…桂さん!!」
叫んでみても高杉を探す桂に届くわけもない。
だが、彼女には届いた。
「あなた、小太郎…桂の仲間?」
いきなり開けた視界に新八は目を白黒させる。
先程まで目の前には刀を構えた男がいたはずだ。
「ここは私に任せて…行きなさい。」
突然現れたその人は薄紅色の刀を携えていた。
そしてその足下にはすでに絶命した男が。
仲間の急な絶命に一瞬呆気に取られた男達だったが、すぐに刀を構え直した。
しかし、向けられた先は先程と変わり、悠然と刀を構えているその人に刃が向かった。
恐らく新八と神楽よりも危険だと認識されたのだろう。
神楽も、自分達には無い彼女の底知らぬ恐ろしさ、実戦への慣れを感じ取っていた。
彼女は仲間。
恐らく、銀時と桂とも深い繋がりがあるのだろうと、唐突に思った。
ならば、やることは一つ。
「新八!行くネっ」
言うが早いか神楽は新八を持ち上げた。
「はっ!?ちょ、え…あの人は?」
状況の読めなていなかった新八はいきなりのことに思考が追いつかない。
「大丈夫アル!お姉さんは味方ネ。後は頼んだヨっ!」
走り出しながら神楽が言うと、彼女は目を細めて微笑んだ。
それはこの場には酷く不釣り合いで、新八は目を見開く。
彼女と数人の男達が遠ざかってから、漸く声が出た。
「神楽ちゃん!あの人…駄目だよ一人にしちゃっ!」
しかし、神楽が足を緩めることはない。
「違う。ワタシ達がいたら邪魔になるだけヨ。」
普段は見ないような真剣な顔で言われたら、こちらは何も言えなくなる。
それでも…それでも…
「き…お気をつけてっ!」
新八は思わず大声で叫んでいた。
微かに、彼の…小太郎の仲間だと思われる少年の声がした。
はそれを、丁度最後の男を切り捨てたのと同時に聞いた。
の周りは既に血の海。
しかしその中で誰一人として絶命しているものはいなかった。か細く呻き声を上げながら、それでも立つことはままならない男達。
全員が足の腱や関節を切られ、倒れ伏している。
新八が最初に絶命したと勘違いした男もまた然り。
恐らく全員、何が起きたか分かってはいないだろう。
「あんた達に構っている暇はないと思ったけど…頼りになりそうな子達がいるし。私はこっちを片づけようか。」
そう言って、彼女は再び甲板へ戻った。
倒れた男達には見向きもせずに、また血の跡を残しながら。
そして戦いはオワリへと向かう。
最後の対戦艦用機械機動兵器紅桜が銀時の手によって粉々に砕け散った。
宇宙海賊春雨の登場で桂一派と高杉一派の軋轢ははっきりとしたものになった。
そして…
「退路は俺達が守る。」
「行け」
「銀さんっ!」
残された二人の旧友が異形の海賊達に取り込まれるのを、高杉は見下ろしていた。
その顔にはっきりとした感情はない。
少しだけ垣間見えるのは嘲笑を含んだ怒り。
彼は、一体何を嘲笑っているのだろうか。
仲間?
過去?
自分?
しかし、急に響いた声に、彼の表情も変わった。
この場にはふさわしくないその声。
ここで聞くはずのないその声。
「そんなボロボロの身体で退路守れるわけ?」
銀時、桂もその声に唖然とする。
彼女はくつろいだ様子で刀を弄ぶ。
まるで、何時かの縁側にいるように。
がいた。
「…」
予感、と言うには縋る気持ちが大きすぎる。
期待、と言うには確信的すぎる。
が、分かっていた。
銀時は分かっていたのだ、再び彼女と会うことを。頭の何処かで。
しかし、やはり驚きは隠せない。
桂などは口も聞けずに声のでないそれをパクパクとさせる。
「余所見してると、怪我するよ?」
そう言うが早いか彼女は銀時、桂の周りの海賊達に向かっていった。
銀時もまた慌てて刀を振り回すが、身体は現金なもので、彼女の登場で体が急に軽くなった。
「よぉっ!」
「おぬしっ…なっ…なんでここにおるのだ!?」」
それは桂も同じらしい。しかし、いろいろ言葉になっていない。
何年振りかに再会した彼らを横目で見ながらはあまりにも簡潔に答えた。
「みんなに会いに…ね。」
それじゃ説明にはならない。
もっと聞きたいことがたくさんある。
銀時も桂も同じ思いだったが、今この状況でそんなことが言えるはずもなく。
次の言葉を待った。
「それに…」と、続けながらは天を仰ぐ。
彼女の薄紅の刃が止まったのは、彼女たちを見下ろす高杉。
「どうしても、言わなくちゃならないことがあったから。あんたに。」
高杉の唇が弧を描く。
自分たちが散り散りになってしまったあの日から、は高杉と共にいるのだと思っていた。
だから高杉が指名手配になった時、真っ先にのことを考えた。
しかし、高杉の一派の人間がぞくぞくと指名手配になっていく中、に関しての情報はなにもなく。
手配犯になっていない安堵と共に彼女が本当に生きているのか不安でしょうがなかった。
その彼女が、自分達の目の前に立っている。
けれど素直に喜べない自分がいた。
彼女は右腕を、失っていたから。
会えない日々に育つのは一方方向な思いのみ。
再び会えたら、何か変わるのだろうか。