一緒にいることに、理由なんてなかった
くれない
「よっし完了!次、私の番。」
まだ、京都にいるころ。
「おら、袖まくれ。」
キミと過ごしたたくさんの時間の一つ。
「最近は痛むのか?」
私の右腕に包帯を巻きながら、晋助が問う。
「んーたまに?」
腕と言っても、そのほとんどがもう無いのだが。
『包帯の取替はお互いがやる』
いつしか決まっていたこの約束。
違えることは一度もなく。
「今日は街まででるか。薬も包帯も少なくなった。」
「やった!あんみつ食べたい。」
攘夷戦争は終わった。
幕府は無条件で開国。
私たちは傷を負った。
仲間の安否は分からない。
けれど私たちは生きていた。
傷が癒えるとすぐに京都に潜った。
それは晋助が、まだ天人を許していないから。
攘夷として動くには、江戸は危険すぎるため、京都を選んだ。
ここなら情報は入るが、まだ天人はそれほど多くなく、警察組織も甘いことが理由だと思う。
だから彼は、時々いなくなる。
理由を、聞こうと思ったことはない。
聞けば答えてくれただろう。
言えば連れて行ってくれるだろう。
だけど
どうしてか、私の心ははっきりとしない。
何を、恐れている?
「おい、行くぞ。」
「あ、ごめ。」
いつの間にか薬やら包帯やらを抱えた晋助が少し遠くにいて、慌てて走り出す。
「次は…「茶屋っ!」
「…」
溜め息をつきながらもついてくる彼に、笑みがこぼれる。
小さいころから一緒にいた。
それが当たり前だった。
晋助と離れるなんて、考えたこともなかった。
だからあの時も、無意識に彼らを探したのかもしれない。
焼けてしまった村を見て、最初に浮かんだのは君の顔だった。
カチャンっと派手すぎる音を立てて、スプーンがの手から滑り落ちる。
ほとんど手つかずのままのあんみつが、そこにあった。
「すぐに代えのものをお持ちしますね。」
「あー…ありがとう、ございます。」
店員にそう答えるのがやっとだった。
どうしてこんな所で過去に囚われるんだろう。
「まだ、慣れないみたい。」
テーブルの向こうの晋助の顔が、見られない。
私の右腕は、もう無いのだ。
ほんの些細ことで、心が揺れる。
夕日
微かな血の匂い
闇夜
どこかで光る包丁の刃
曇天
そして、今のように自分の右腕が無いと改めて実感する時。
心が揺れる。
呼吸が急に苦しくなる。
所謂トラウマだろうか?
思い出すのは焦燥と恐怖。
「出るぞ。」
まだあんみつ食べてない、なんて言えるはずもなくて。
ただ、引っ張られる左手が少し痛いのと、晋助の手がひんやりしていて気持ちが良いのだけ感じてた。
「ねぇ、もう…大丈夫なんだけど?」
家に着いてから半時ほど経っただろうか。
未だに私を抱きかかえている男が手を緩める気配は無し。
返答もなし。
しょうがないので再び頭をヤツの肩に預ける。
「自分のせいだと、思ってるでしょ?」
「お前もな。」
なんとも素っ気ない返事が返ってくるものだ。
「私が守りたいから、守ったんだよ。」
「そのまんまお前に返す。その言葉。」
涙がでそうになる。
私は文字通り縋るように一本だけになってしまった腕で目の前の着物を掴んだ。
ごめん、なんて言葉、言えないし、聞きたくもない。
責任とかそういうのじゃない。
ただ、一緒に居たい。
私のこの焦燥とか恐怖とかごっちゃ混ぜになったどす黒い感情を理解してくれるのは晋助だけだろうし、
恐らく彼のどす黒い感情を理解できるのも私だけだろうと思う。
ただ、それだけのこと。
でも、それじゃあどうして、私は何かを恐れているの?
いつの間にか眠っていたらしい。
掛布がきちんと掛けられていた。
寝起きの目は暗闇に強い。
室内に晋助はいないようだ。
「…つまでに用意できる?」
小さな声が聞こえる。
「今週中にとりあえずの駒は揃う。」
晋助と、知らない誰かの声。
(外か)
は音を立てないよう、入口に向かった。
「そうか…。」
柱に体を預けるようにして、戸口を覗き込んでみるが外の様子は窺いしれない。
「暫くは江戸では動けなかろう。京都で手駒集めか?」
「そうだな…ククッ」
月の明かりが少し、中に入ってきていた。
「何がおかしいのだ?」
白く、冷たい光。
なぜか、銀時を思い出した。
「これで世界を、壊せるな。」
瞬間、全てを理解した。
自分が何かを恐れていたのかも
彼が何をしようとしているのかも
そして自分が何をすべきなのかも
私は彼と離れることを恐れていた。
そして彼は、再び鬼兵隊を作り、世界を壊すことを考えている。
どうやら私はそれを望んでいないらしい。
離れたくない。
けれど、私は壊したくない。
彼は、壊したい。
一緒には…いられない?
彼と一緒にいるために、私が出来ることはただ一つ。
『黒い獣の牙を抜く』
いつもあなたのそばに居て、あなたを制す唯一になろう。
そして私は次の日、再び紅桜を手に取った。
「私も連れていって。」
同じ舞台に立たなければ、意味がない。
壊したいアナタと壊したくないワタシ。
二人が揃って、何を作り出せるのだろう。
少なくてもこの頃の私は、何か一つぐらい作り出せると思っていた。
「君は晋助君と仲が良いのですか?」
「うんっ」
「それは良かった。」
そう言った貴方の顔は、優しかった。
先生。
「でも…」
どうしてだろう、その後の言葉、思い出せない。