ハァ、と溜め息をついて、真選組監察方 山崎退はジャケットを脱ぎ、脱衣所の隅一番上の棚のカゴにかけた。
果物シリーズ −蜜柑−
それというのも彼の後輩であり、監察方唯一の女隊士である可愛い彼女であるがこんな夜中、もう屯所が静まりかえっているような時間になっても帰ってこないのだ。
(今日は一緒にいられると思ったのに…な。)
きっと今頃、彼女は自分の仕事に夜闇を奔走していることだろう。
勿論自分も監察方であり、仮にも先輩だ。
監察方にプライベートでの約束なんてあってないようなものだということは良くわかっている。
実際、彼女との約束を多く破っているのは自分のほうで、いつもすまないと思う。
それでも
(頭で分かっても、納得できるほど…心が広くないのかね、俺は。)
なんだか自分が嫌になって頭をかきむしってから、ベルトに手をかけた。
と、その時
がらり、と脱衣所の引き戸が開いた。
誰か他の隊士が来たのかと思い、顔を上げると
「「あ」」
そこには間違えるはずもない、愛しい彼女が。
「ごめんなさい。」
彼の彼女はひどく冷静だ。
人を斬ったのは久々だった。
といってもの場合、侍ではないため刀ではなく苦無を相手めがけて討つので、手に感触が残るわけではない。
それでも…
(気持ちのいいものではないな)
溜め息をつきながら、自室から浴室までの廊下を急ぐ。
とにかく早く、熱いシャワーが浴びたい。
なんだか、血の匂いが消えない気がして嫌なのだ。
そして、それがすんだら
(退のとこ…行こ)
やはり自分が帰るところはあの人のところなのだと実感せざるを得ない。
こんな日は必ず彼のところに行きたくなる。
結局、彼女が甘えられるのは彼だけなのだ。
そしては、脱衣所の扉に手をかけた。
「ちょっ!」
ガラリと、再び扉が閉まる。
慌てて彼女の手を取ろうとした退の手は届かなかった。
開けようとしても、向こう側から押さえているのだろう。
扉が開くことはなかった。
「ちゃーん?開けてー。」
しょうがないのでコンコンと扉を叩きながら言ってみる。(なんだか逆なような気もするが。)
「退、入るんでしょ?私また後で来るから。」
そう言ってが離れた途端、内側から扉が開けられて、いとも簡単に彼女は退の腕の中に収まった。
ご丁寧に鍵までかけて。
「…」
自分の腕の中、ふてくされたような顔をしたを見て、山崎はクスリと笑った。
仮にもこの子は監察だ。
感情は表情に出さない。
出すつもりもないだろうし、出さない訓練もさせている。
だからこそ、自分にしか分からないだろうという優越感。
彼女の小さな変化。
小さなサイン。
自分を求めるサイン。
それは表情とかそういうモノではなくて、なんだか言葉には出来ないのだけれど。
「おかえり」
耳元で囁けば、ふっとの体から力がぬけて、退の背中に手を回しながら「ただいま」と呟いた。
僕だけが分かればいい、なんて、そんなエゴイズム
「さ!一緒にお風呂入ろうかっ。」
「…なんで。…了承得る前に脱がし始めるな。」
山崎、チャック開いてる。