「おい、これも頼みまさぁ。」
そう言って泥だらけのワイシャツを突き出すと、彼女はこれでもかと言うほど嫌な顔をした。
−果物シリーズ− 桃
「これ、何か分かります?」
これ、とはが抱えている真っ白な洗濯物のことだろう。
「洗濯物だろぃ」
「洗い立てのっですっ。」
ありったけの怒気をこめてそう言い捨てると、沖田の横をすり抜けてもの干場に向かう。
水分をすって酷く重くなったそれに、よたよたと歩く後ろを沖田は泥だらけのワイシャツを持ったまま悠然と歩いていく。
「おい、これは?」
「さっき出してくださいって言いましたっ!」
振り返りもせずに怒鳴ると笑みを堪えてついて行く沖田。
最近毎日隊士達が見かける光景である。
洗濯、炊事、掃除、買い物。
目が回るほど忙しい仕事にクルクルと働くに対して、沖田がちょっかいをだす。
いつからこんなことになったのか、正直、沖田にも分からなかった。
精一杯自分に立ち向かってくる彼女がおかしくて。
の方も、どうして沖田隊長が自分の仕事を邪魔するのか。
大体、隊長なんていう役職についていながらなんでいつも暇そうなのか、さっぱり分からなかった。
そして今日も、沖田は一心に洗濯物と戦うを縁側で見つめている。泥だらけのワイシャツを抱えて。
「…何、してるんですか?」
「見てる。」
視線に耐えきれなくなって口を開いた彼女にその答えは不十分だったらしい。
沖田は睨まれてしまった。
「気になるからやめて欲しいんですけど。」
さっきから口をへの字に結んだままのは手を休めずにそう言った。
「なんでぃ、お前は見られると感じるんですかぃ。とんだマ…」
「誰がそんなこと言ってますかっ!」
漸く手を止めてこちらを見た彼女に、沖田は口端を上げた。
まるで子犬で遊んでるような、そんな感覚。必死に対抗する彼女の面白いこと。
「まったくお前はおもしろいねぃ」
そう言うとまたそっぽを向かれてしまう。
少し、寂しい。
これは…恋情か否か。
確信はなくとも自分の近くで泣いたり笑ったりしてほしいと思う。
「それ、貸してください」
気づけば目の前に空の洗濯桶を抱えたが再び口をへの字にまげて立っていた。
その小さな白い手は間違いなく沖田の横の泥だらけのワイシャツへと向けられている。
それをよこせ、と言われていることは分かった。
が、彼の心は他の所にあった。
だから、なんの考えもなく、彼はその手を取った。
一瞬と言うには余りに長い一時。
は予想外の彼の行動に、ただ見ていることしか出来なかった。
手の甲に当たる柔らかな感触。
「っなっっ!」
がそれを感じてから頭で理解するまで長い時間を要したのは、自分の心の許容量を遥かに越えていたから。
は思い切り自分の手を引いた。
彼女が離れていく。
寂しいと少しだけ沖田は思った。
の顔がみるみると赤くなる。
「いっなっ何してるんですかっ!」
「別に」
が後退りして沖田を見れば、特に変わった様子もなく、一瞬の出来事がまるで白昼夢であったような気さえする。
しかし、この手に残る柔らかい感触は間違いなく、
(手に…キスされた…!)
唖然とするをしばらく無表情に見上げていた沖田だったが、
その内ふっと、笑うと立ち上がって手に持っていたワイシャツを未だ呆然とするに押し付けた。
そして、未だ言葉を発せないをおいてさっさと背中を向けていってしまった。
残されたは赤い頬のまま。
伝えたい言葉があったはずだ、と沖田は思った。
聞きたい言葉があったはずだ、とは思った。
しかし、今はまだこのままでいいだろうと、二人は思った。
もう少し、だけ。
春が来て、この問に答えがでるまで。
『これは恋情か否か。』
このままなのも悪くない。
願わくは
春、花舞うなか、隣で。
すでに犬扱いというひどさ。